順列都市(グレッグ・イーガン)

 短篇集しか今まで読んだことがなくて、読んだ時には、このボリュームにこのアイディア数は多すぎてもったいない!と思わず読者側なのに貧乏根性を出してしまうほどだったのである。だから長編でちょうどいい按配だと思っていた。今作を読むまでは。

 またジャンル小説の枠組みの使い方が実に巧みで、この設定にもまだそういう攻め方があったのか、と唸らされてきた。要はストーリーテリングの技術にも長けている人なのだと。今作を読むまでは。

 意識をコンピュータにダウンロードすることが可能になった未来。ハードという物理的限界を持つものに依存している以上、人生の有限性に変わりがないことに不安を感じている「コピー」たちの前に、ある時、「無限の人生を提供しよう」と語る人物が現れた。彼は何者なのか?そして「無限の人生」を実現する手段とは?

 イーガンの作品は読者が我知らず拠って立つ思考の基盤に揺さぶりをかける。その体験は初めての外国に入国して、その文化や通貨(物価)といった未知の世界観に少しずつ身を馴染ませる過程に似ている。イーガンを読む動機は、その独特の感覚を味わいたいということが大きいのではないだろうか。その感覚(まさしくセンス・オブ・ワンダー)はこの作品でも健在であったのだが。

 僕がイーガンを読んでいて想起するのは、実は安部公房である。作品から受ける印象はまるで違うのだが、テーマである思想、思考が中心となるガジェットと一体であるところや、そこに到る過程がらせん状の物語形式をとっているところ。もうちょっと詳しく説明するなら、現実に存在する(しうる)事物や日常生活を執拗なまでに描写し、積み重ねていくうちに、気がつくと全体としてはありえない状況を語っている、という小説作法である。読者はいつ物語が自分と地続きの日常から飛び立ったのか気づかない。個人的にはその「小説の詐術」に魅了されてきた。

 だがこの作品では論理のアクロバットが勝ちすぎていて、どうも物語に接ぎ木したような印象が拭えない(短篇でいえば「ルミナス」に一番近いか)。また、短篇に感じたアイディアの大サービスは、それだけの数アイディアを投入しないと間が持たないからではないかと考えるようになった。物語そのもので引っ張っていく技量がないのではないかと。(その観点から短篇を顧みると、それだけ「ジャンル小説」という枠組み自体の魅力が大きかったということかもしれない。)

 ともあれ、コアなハードSFファンには堪えられない作品なのだろうとは思う。

☆☆☆