日本サッカーはなぜシュートを撃たないのか?(熊崎敬)

 タイトルの勝利かなと思います。これって誰もが一度は口にする思いですよね。しかしながら、最近は日本代表も海外組がスタンダードになって(むしろJリーグ選出選手がほとんどいない)、そのことで試合構成も随分変化して、かつてのような隔靴搔痒はあまりなくなった気がします。そのような意味では、やはり一昔前の日本サッカー(2010年代中頃まで)を主なフィールドとしたコラムなんだなと思います。

 システム論偏重への疑問など、筆者は全体として個々人の意識の持ち様を重視している雰囲気が感じられました。それがやはりタイトルにも表れているのかもしれませんね。

☆☆☆1/2

エルヴィス(バズ・ラーマン)

 オースティン・バトラーはフェイド・ラウサが最高だったけど、今作のエルヴィスは本当にすごかったですね。なんか「引き受けてるな」という印象を受けました。しかもがっしり受け止めていたのが素晴らしかった。観た方が絶賛していたのもなるほど納得でした。

 しかし作品として感心したのはその点くらいで、あとは押さえておくべき要素を押さえてみました、ということに終始していた感じでした。映像はきらびやかでよかったけれど、監督作としては通常営業だったでしょうか。カリカチュアされた悪魔そのものの特殊メイクでトム・ハンクスが熱演していたパーカーも、メフィストフェレス的な狡猾さと魅力には乏しかったような。とはいえ、もともとアーティストの伝記映画に対してはあまりグッとくることがない僕の傾向もあるかもしれません。

☆☆☆1/2

グラディエーター(リドリー・スコット)

 (1と2両方ネタバレです。)先日2作目を観た時に、「あれ?マキシマスは復讐を遂げて妻と子の待つ故郷(安息の地)に還ったのではなかったかな、それからすると1作目の感動を棄損するような話だよな…」と思ったのですが、今回見返してみると、ギリギリそういうこともあったかもな、と取れる描写になっていて、2作目をひねり出した脚本家の技術に感心しました。とはいえ、この1作目でマキシマスのセリフとして(ルッシラの子ども=ルシアスが)私の息子と同じ年だ、と言っている箇所があって、えー、じゃあそれって最愛の妻と息子といいながら浮気してたということになるのでは?とやはりもやもやしました。まあ2作目をつくる前提じゃないからね。

 さて今作ですが、史劇スペクタクルとして隙のないつくりでとても面白かったです。特に剣闘士たちに指示を出して、圧倒的に不利な状況から逆転するところなど、将軍だったのは伊達じゃないということを説得力をもって示す場面がきっちりあって、こういうところが好きだったんだよな、と改めて思い出しました。そこからいくと2作目はやはりちょっと物足りなかったかな。

☆☆☆☆

シネマと書店とスタジアム(沢木耕太郎)

 映画と本とスポーツに関するコラム。読んでいると90年代末の風景が甦る。どのコラムを読んでも、観たくなるし読みたくなるのはさすがだなと思う。(僕は深夜特急世代なので。)ただ一冊の本として読み応えがあるかというとそれほどでも…ということになってしまう。時代の記録かな。

☆☆☆

L.A.コンフィデンシャル(カーティス・ハンソン)

 久しぶりに見ましたが、全編にわたってスムーズな語りで、撮影、音楽も的確としか言いようがない。当時から言われていたけど、アカデミー作品賞は『タイタニック』よりこっちだろうと思いますね。

 ところで『ザ・バットマン』を見たときは、バットマンの世界でこれをやりたかったんだろうと思ったけれど、改めて本家たるこの作品を見たら記憶していたよりサラッとして薄味でした。

☆☆☆☆1/2

シンパサイザー(ヴィエト・タン・ウェン)

 「将軍」の片腕として南ベトナムの秘密警察の仕事を粛々とこなす主人公。しかし彼には北ベトナムの二重スパイというもう一つの顔があった。ハンドラーは義兄弟の契りを結んだ北の情報機関の男マン。もう一人の義兄弟は南ベトナムの軍人モン。危ない綱渡りを続ける主人公だったが、サイゴン陥落の時は迫り…

 というあらすじからは、潜入捜査ものの王道娯楽作、熱い男同士の契りと組織の軛に引き裂かれる主人公の苦難、映画監督ならジョン・ウーか、ノワールに寄せるならジョニー・トーかという感じですが、全然そんなことなかったですね。実はパク・チャヌクでドラマ化されているのだけど、読み終えた今だと、さもありなんという印象でした。

 というのも、実際はアンダーカバーものというより、『キャッチ22』とか『スローターハウス5』とか、ベトナム戦争なら『本当の戦争の話をしよう』でもいいけれど、戦争不条理ものだったから。(それと率直に言って訳が読みにくい。表現は平易なんだけど。)ピューリッツアー賞やアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞しているのだけど※、ベトナム戦争について、当事者が書いた、ということで下駄を履かせてもらっている印象が否めない。当事者といいながら実のところ私と同世代なんですよね(なので親世代のことを描いている)。とはいえボートピープルとして脱出した経験があるそうで、確かにご苦労はされたのでしょう。(ごく幼い頃にはベトナムの戦後の混乱がニュースで流れていたから、自分にとっては近代史というより現代史ではあるのだけど。)

 読みにくい理由としては、両義性のある言葉やメタファーを多用する表現にもあると思います。主人公の出自はフランスの宣教師と現地人である母の間に生まれた「あいのこ」「妾の子」としてどこにも属せない人間として設定されているのだけど、そこからしても、共産圏に属していながら、事実上資本主義の産業拠点でもあるという、ベトナムの立ち位置そのものを二重写しにしている。

 つまるところ、繰り返しハリウッド映画等で消費されてきたベトナムという国を、そこにアイデンティティを持つものとしてちゃんと描くという試みだったのかもしれません。残念ながら、悲惨な部分も含めて、どこかで見たイメージを脱するものではなかったけれど。

☆☆☆

※早川文庫版でしたが、アメリカ探偵作家クラブ賞の方を売りにしていたんですよね。ステータス的にはピューリッツアー賞の方が響きがいい気がするのですが、セールス的な判断だったのかな?

レイジング・ファイア(ベニー・チャン)

 いつものドニーさん映画でありながら、しっかりベニー・チャン監督らしさもある作品でしたね。ただンゴウの暴走が警察以外の一般市民も巻き込んだものになっていくから、敵役としてあまり共感できない感じだったかな。(本当はそれなりに共感してほしい造形だったと思うのだけど。※)

 あと最近の中国映画に典型的な、味わいのないテラテラした画面とか、中年俳優の無理なのっぺりテカテカした感じの整形がノイズでした。

 往年の香港映画らしさを感じて懐かしかったけど、今後は作られにくくなるのかな。

☆☆☆1/2

※似たような物語上の構造を持つ『ザ・ロック』でのハメル准将との違いですよね。