「将軍」の片腕として南ベトナムの秘密警察の仕事を粛々とこなす主人公。しかし彼には北ベトナムの二重スパイというもう一つの顔があった。ハンドラーは義兄弟の契りを結んだ北の情報機関の男マン。もう一人の義兄弟は南ベトナムの軍人モン。危ない綱渡りを続ける主人公だったが、サイゴン陥落の時は迫り…
というあらすじからは、潜入捜査ものの王道娯楽作、熱い男同士の契りと組織の軛に引き裂かれる主人公の苦難、映画監督ならジョン・ウーか、ノワールに寄せるならジョニー・トーかという感じですが、全然そんなことなかったですね。実はパク・チャヌクでドラマ化されているのだけど、読み終えた今だと、さもありなんという印象でした。
というのも、実際はアンダーカバーものというより、『キャッチ22』とか『スローターハウス5』とか、ベトナム戦争なら『本当の戦争の話をしよう』でもいいけれど、戦争不条理ものだったから。(それと率直に言って訳が読みにくい。表現は平易なんだけど。)ピューリッツアー賞やアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞しているのだけど※、ベトナム戦争について、当事者が書いた、ということで下駄を履かせてもらっている印象が否めない。当事者といいながら実のところ私と同世代なんですよね(なので親世代のことを描いている)。とはいえボートピープルとして脱出した経験があるそうで、確かにご苦労はされたのでしょう。(ごく幼い頃にはベトナムの戦後の混乱がニュースで流れていたから、自分にとっては近代史というより現代史ではあるのだけど。)
読みにくい理由としては、両義性のある言葉やメタファーを多用する表現にもあると思います。主人公の出自はフランスの宣教師と現地人である母の間に生まれた「あいのこ」「妾の子」としてどこにも属せない人間として設定されているのだけど、そこからしても、共産圏に属していながら、事実上資本主義の産業拠点でもあるという、ベトナムの立ち位置そのものを二重写しにしている。
つまるところ、繰り返しハリウッド映画等で消費されてきたベトナムという国を、そこにアイデンティティを持つものとしてちゃんと描くという試みだったのかもしれません。残念ながら、悲惨な部分も含めて、どこかで見たイメージを脱するものではなかったけれど。
☆☆☆
※早川文庫版でしたが、アメリカ探偵作家クラブ賞の方を売りにしていたんですよね。ステータス的にはピューリッツアー賞の方が響きがいい気がするのですが、セールス的な判断だったのかな?