映画ファンにはクローネンバーグの『スパイダー』やスティングの『グロテスク』の原作者として知られる作家の短編集。
この作家は常軌を逸した偏執的な主人公が語る「信頼できない語り手」系の小説で有名なのですが、実は父親が高名な犯罪精神病院の院長で、自身も幼い頃から患者たちに接していた、という(シャレにならない)よくできた話のようなプロフィールの持ち主なんですね(収録作ではありませんが、幼い頃の体験を語った短篇もあります→「ブロードムアの少年時代」)。
そういうコワモテなバックグラウンドを先に知っていたせいか、難解そうなイメージがあったのですが、いい意味で俗っぽさも忘れていないサービス精神のある作品集でした。以下好きだったもの。
売れない小説家と陰のある過去を背負った老人のニューヨークでの邂逅「天使」:行間から立ち上る腐臭。とにかくディテール描写(特に臭い!)が只ならぬ迫真性で、それがボディブローのようにじわじわ効いてきたところに、最後のあれがくるから・・・巻頭の作品ですが、これが一番よかった。というか効いた。
レクター博士のように気取った快楽殺人者と若い女性記者の静かな攻防「アーノルド・クロンベックの話」:スリックマガジン風の気が利いたストーリーテリングとツイストで読ませます。作者のなんでも書ける器用さに感心。
「血の病」:文章によるフラッシュバックが面白い。その点も含めて古典的なホラーの枠組みで語られる猟奇譚(のパスティーシュ)。どこまでも意地悪な展開がマグラアらしさなのかしらん、と巻中ここら辺で思い始めた。
率直なところ、所謂作者の十八番である「信頼できない語り手」系の作品はそんなに面白くなかったかな。長編ならまた別なのかもしれませんが・・・細部の生なましさはただ事じゃない。でも物語それ自体のパンチに乏しいという印象でした。ところでこの短編集は既刊の『血のささやき、水のつぶやき』に6作品を足したマグラア全短篇集ということになるのですが、勢いでそうと知らずに「作者買い」した人は結構いるんじゃないかなあ・・・
☆☆☆1/2