海辺のカフカ(村上春樹)

先に読んだ友人に、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」みたいなところがある作品である、と聞いていたので先入観があったことは否めない。

この作品を読み終わって感じたのは、確かにそういうところもあるが(図書館などの舞台や2つの物語が交互に進行する小説の構造など)、先に想像していたほど密接ではないという印象。昔から村上作品は現実世界に異界が侵食してくるような世界観を持っており、神話的で観念的な物語だったように思う。今作はとりわけ「神話的」側面が強く、メインである「カフカ」の物語はエディプスコンプレックス的というどころか、かなり直接的にオイディプス王の悲劇をなぞっている。

一方重くなりがちな「カフカ」に対して配されているのがコミカルなテイストの「ナカタさん」の物語。こちらは四国という後半の舞台に関連してか、猫の集会場での猫とナカタさんのやりとりなどにかなり「我輩は猫である」を意識した描写がなされており、今までの村上作品からすると異色である。(短篇には肩の力の抜けたものも割りとあったけれども。)

またナカタさんサイドのプロローグには「ねじまき鳥クロニクル」の残響を感じさせる「大戦後のある事件の記録」の部分もあり、そういった様々なトーンの要素から構成されたモザイク的な作品である。ただそれが成功しているかといえば疑問で、例えば上記の「ある事件の記録」についてもその分量や記述の執拗さに比べると後半の展開は投げっぱなしで、正直肩透かしと言わざるを得ない。ストーリーテリングの相変わらずの上手さはさておき、全体として物語の運びに迷いが感じられる作品だった。