北朝鮮が自壊し、南北統一が果たされた朝鮮半島。しかし国家としての統一は未だ遠く、国境エリアは無法の巷と化し、麻薬を扱う悪党が跋扈していた。かつて北の特殊部隊に属していたチャン・リチョルは、とある理由から国境へと戻って来る。ふとした切っ掛けから彼を頼ることになる父娘が現れるが、図らずもその出会いは自らの過去と決着をつけることを彼に求めるのだった…
作者のテーマは振り幅が広いから、所謂「社会派」の要素が強い小説なのかと思いきや、完全にエンターテインメントに振り切った作品でした。作者自身が言及するように、ジャック・リーチャー(ただし頭脳明晰ではない)ですね。ちょっとボーンシリーズの匂いもあるかな。(いつものように)簡潔な文体なんだけど、人物造形とその描写が的確で、人間関係の力学にも納得感があるから(特に悪役たちの演出が巧み※)、物語展開も無理がなくて心地よい。自分でも考えるのは苦手だと思っている愚直な「軍用犬」リチョルが、目の前で次々と亡くなっていく無辜の人々の無念を噛みしめて、ついに「自らの進むべき道」を見つける瞬間がもう最高に盛り上がります。分かってるなあ!と思わず声が出たほど。
続きがありそうな結末だったから、続編を超期待します。
☆☆☆☆
※『鳥は飛ぶのが楽しいか』でも顕著だったけど、作者は組織内の人間の在り様を描くのが実に上手で、悪の世界に身を投じた元特殊部隊員のケ・ヨンムクが、麻薬組織の頭領であるチェ・テリョンの人間力に感じ入って、本当は変な動きがあれば殺すべき相手なのに忠誠心のようなものが芽生え始める、という描写は、共感こそできないものの、そういうことありそうだなというリアリティがありました。