今更あえて申し上げるならば、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズはエピソードの消化に追われて些か駆け足すぎて、映画として見た場合には平板な印象が最後まで拭えませんでした。(かつて思い描いていた絵をディテールを怠ることなく映像化してくれた、という意味では間違いなく素晴らしかったのですが…)
翻って今回の『ホビット』はどうだったか?結論を先に言えば大満足でした。もともと程々のボリュームの原作を三部作にする訳ですから、今度は膨らませる余地が存分にある。しかも制作者たちは映画化の順番が逆になったことで『指輪物語』を踏まえた描写を盛り込むこともできるという強みもあります。例えば、原作では所謂ファンタジー世界の便利なアイテムに過ぎない「指輪」ですが、『ロード・オブ・ザ・リング』にもあったようにその所有者は望むと望まざるとにかかわらず永久の命を得て、やがては魂が薄く引き伸ばされたような状態に至ります。今回の映画はそういったダークでペシミスティックな世界観を踏まえた演出になっていた気がしました。ちょっとうがち過ぎな観方かもしれませんが、主人公たちが大冒険を達成した果てに得られる運命としてはあまりに残酷で、しかしそもそも「指輪物語(とホビットの冒険)」の原作というのは、おとぎ話が本来持っているそういった野蛮さや理不尽さを内包している物語であったように思います※1。そういう意味でもこの三部作がどのような決着を付けるのか楽しみです。以下、鑑賞後メモを。
・個人的には合戦シーンよりも、冒頭の「招かれざる珍客大騒動」や「裂け谷の会議」のような平時の描写にこそ魅力がありました。ドワーフの歌最高。あれはどこの国の音楽がベースになっているのかな?
・「死人使い」=サウロンの復活に結構な尺が割かれていましたが、翻訳原作では割とあっさり、かつ「死人占い師」という呼び名でしたよね。中学生の初読時インパクトのあるネーミングなので漠然と覚えていたのですが、暫く後になって全く別の本で「ネクロマンサー」という言葉に出会い、ああ「死人占い師」は「ネクロマンサー」の翻案だったのか、ユリイカ!となったことを数十年ぶりに思い出しました。ネットネイティブな今の時代ではなかなか通じにくい感覚かもしれませんが、こういう発見がとても嬉しかったし、知識が血肉になった感じがあったんですよ。
・裂け谷にてビルボを選んだ理由をガンダルフが語るシーンが今回のベスト※2。LOTRで不満だったのはこういう人物描写が些かおろそかになっていた点で、尺の都合上やむを得なかったのだとは思うけれど、先に書いた通りそここそが指輪物語たる所以なのに・・・と思っていたので嬉しかった。思い出したのが、指輪物語において、ゴクリ(ゴラム)なんか死ねばいいのに、というフロドに対して、ガンダルフが語る名文句「死んだっていいとな! たぶんそうかもしれぬ。生きている者の多数は、死んだっていいやつじゃ。そして死ぬる者の中には生きていてほしい者がおる。あんたは死者に命を与えられるか? もしできないのなら、そうせっかちに死の判定を下すものではない。すぐれた賢者ですら、末の末までは見通せぬものじゃからなぁ」。倒し倒され、生き残った者が勝者という価値観の「戦士」ではない者こそ必要、という点で、テーマとして通底しているセリフだったと思います。
・今回吹き替えで観たのですが、なぐり丸、つらぬき丸など瀬田貞二訳準拠の部分とオリジナル読みの折衷ぐあいがよかったですね。
・皆さん書かれているようにアクションシーンよりもなぞなぞ合戦が一番の見どころだったのではないでしょうか。アンディ・サーキス渾身のひとり芝居!なんだけど、CGキャラというフィルターがあるから素直に観られたような気もしていて、生身だと巧過ぎてイヤミだったかも。といった傍から矛盾するようですが、吹き替え声優のチョーさんがとにかく素晴らしい。僕らのような40前後の人間にとっては「たんけんぼくのまち」のチョーさんなので、なんだか子供時代から地続きの感があってクラクラしました。
・3D鑑賞、残念ながらHFR方式ではなかったのですが、それはさておきもう3Dはいいんじゃないですかね・・・という気持ちを改められることはありませんでした。
☆☆☆☆
※1 『ホビットの冒険』は子供向けにしては結構暗いトーンなんですよね。書かれた時代のせいかな?
※2 ここも実は原作にないパートなのですが、それだけに一層素晴らしい。脚本家も意識していたのではないかしら。