北朝鮮の工作員ジウォンは特別な思いを胸に最後のミッションに臨んでいた。これが終われば妻に会える・・・それは素性も定かでない「影」というコードネームの暗殺者による金正日の“はとこ”処理のサポート。しかし韓国国家情報院もその情報を掴んでいた。辛くもミッションは完遂したものの、誤解から裏切り者の烙印を押されたジウォン。故郷に戻れぬ年月も6年を迎えようとしたある日、偶然の巡り合わせから彼はある男に出会う。それは「最後の仕事」の阻止に失敗したせいで国家情報院から放逐されたハンギュだった・・・
という感じでジウォン視点で導入を書いてみましたが、実際の映画は主にハンギュ視点で進みます。でもやっぱり感情移入しやすいのはカン・ドンウォン演じる工作員の方だったかな、というか演技に完全に引き込まれてしまった。密告者として故国にも戻れず、妻子を人質に取られているから完全に寝返ることもできず、なによりそもそも国を愛している。というダブルバインドの設定もよく考えられてるけれど、その悩める工作員を体現する彼がとにかく良かった。ただのハンサム役者かと正直ちょっと侮ってました(堺雅人と加瀬亮を足して2倍涙目にした感じ)。・・・と、ひとしきりカン・ドンウォンを褒めましたが、ハンギュを演じるソン・ガンホも当然の鉄板ぶり。韓国映画が日本に紹介されてからもう結構経つけれど、ずっと彼が牽引してきたような印象すらあります。決してハンサムではないのに色気もあるしなあ・・・彼が画面にいるときの安心感はちょっと尋常じゃない。
しかし、今回特に書いておきたいのは、何くれとなくハンギュを気にかける国家情報院の後輩を演じるパク・ヒョックォン。端的に言ってイイ顔系なんだけど、これまたペーソス溢れるいい演技。公務に携わる人間として非情に徹するべきか、人情として先輩の思いを酌んであげるべきか、その狭間で揺れる心。韓国映画を見ていて感じるのは、こういう人が的確に脇を固めているという役者の層の厚さですね。スターじゃないけれど印象に残るという点では、「影」を演じるチョン・グックァンもすごかった。
・という訳で、役者陣がとにかく磐石。具体的なエピソードが語られる訳ではないけれどバックグラウンドが透けて見える「行間を読ませる」人物造型が素晴らしい。ジウォンの恩師やベトナム人ブローカーもいいキャラでした。
・一方アクション演出はやや緩め。明らかにボーンシリーズの近接戦闘のスタイルや狭い街路カーチェイスに影響されてるのだけど、詰めが甘い。(逆にいえばボーンのアクション・コレオグラフやカットによるリズムの作り方がどれほど洗練されているか、ということですが。)
・ふとした成り行きで生活を共にすることになった主人公二人、自分だけが相手の素性を知っていると思っている、という構造が絶妙。心を通わせる過程として「人探し仕事」エピソードを挿入し、それに絡めてサラッと韓国のシビアな現状も描いてみせるという演出がコンパクトでありながら巧い。ところでハンギュはジウォンになんとか「兄貴」と呼ばせようとするのだけど、こだわりのポイントがそこ、という点に儒教の国を感じました。(そういえばソン・ガンホも何かのインタビューで年長の役者さんを○○先輩って呼んでたもんなあ。)真の密告者であるジウォンのスパイ仲間テスンが、同じく妻子を抱える身でありながらその後辿る顛末を考えると、ここにも儒教の観念が(無意識的にせよ)影を落としているように思われて興味深かったです。
・かなり褒めにウェイトを置いて書いてみましたが、アクションのみならずディテール描写に緩さを感じた、ということも念のため書いておきます。しかし演出のエクストリーム化に歯止めがかからない近年の韓国映画にしては珍しく、鑑賞後の印象が爽やかで気持ちのよい作品でした。
☆☆☆1/2