卵をめぐる祖父の戦争(デイヴィッド・ベニオフ)

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1838)
 17歳のレフは死んだドイツ兵からの略奪行為でソ連軍に捕まってしまうが、あわや処刑かと思われた時、同房の青年脱走兵コーリャと共に奇妙な任務を負うことで猶予を得る。それは軍の大佐の娘の結婚式のために、卵を一ダース、5日以内に調達するというものだった・・・
 ものすごく待っていたベニオフの小説仕事。やはり期待を裏切らないですね。さて、内容はナチスもの、ロシアもののジャンル小説(映画)そのものズバリ。あくまで異邦人視線で構築された世界観、という意味では雰囲気的に映画『スターリングラード』を想像してもらっても遠くないような。そういったクリシェの集積から生み出された物語は、紛れもないベニオフのオリジナル、とまでは残念ながら言えないのですが、(作中重要な要素として登場するチェスに例えていうなら)定跡の使い方をよく心得た巧みなプレーヤーとしての技術を遺憾なく発揮しています。然るべき展開を然るべきタイミングで打ってくる、その快感。
 それとサービス精神がとても旺盛。今回は前2作よりもエンターテインメントの方向に舵を切ったという印象ですが、「挫折したユダヤのチェスの名人」「酷薄残虐なナチスSS」「豪放磊落なパルチザン」「凄腕美少女スナイパー」みたいなグッとくる要素を要所要所で入れてくるので目が放せない(個人的にはこの辺りに、同時期に作者が脚本を書いていた『ウルヴァリン』に通じるものを感じたのですが・・・)。
 ところで、ベニオフについて相変わらず感心するのは

「三人の少年が農場に鶏を盗みに行った」コーリャは小話をするときの声音で始めた。小話をするときには普段と異なる訛りで話すんだ。いったいどこの訛りのつもりなのか、どうしてそれで話がより面白くなると思っているのか、わしにはどうしてもわからなかったが。

のような人物や風景のディテール。それまで素描だったものが、ふいにくっきりと輪郭を持って立ち上がる、そういう瞬発力のある描写が実に巧みで、何度か鳥肌の立つような思いで読みました。
 ゆきてかえりし物語であって、ビルドゥングスロマン、端的に言ってロード・ノベルな訳ですが、コーリャみたいな頼もしい先輩にどこまでも付いて行きたかったよなぁ・・・そんな倒錯的な郷愁に駆られる作品です。
☆☆☆☆1/2
※コーリャって実はナチス側の工作員だと予想してたんですよね。そこまで極端だと、せっかくのメタフィクションの枠が台無しになるかな。
※英会話の先生から「City of thieves」私も読んだよ!、といわれてちょっと驚きました。英語圏マーケットで30万部というのがどの程度の規模なのかよく分からないけれど、意外と読まれてるんですね。