WORLD WAR Z(マックス・ブルックス)

WORLD WAR Z
 人類が破滅の淵にまで追い詰められた「世界Z大戦」から10年。国連の戦後報告書作成担当者である主人公:インタビュアーは、ようやく回復の緒に就いた世界各国を周り、様々な場所、立場で「ゾンビ戦争」に関わった人々から証言を得る。無機質なレポートに終わらせるのは惜しいと感じた主人公は、そこからこぼれ出る生の声を世に問おうと考えるのだが・・・
 ここ最近のゾンビブームを牽引する作品ですが、いやー、なるほど面白かった。破滅ものであり、ディザスターものであり、しかもディストピア的でもあり、ミリタリー小説であり、もちろんゾンビものでもあるという、全方位的にエンターテインメントな作品。各ジャンルのクリシェを巧いこと使ってて、マニアへのくすぐりも万全(日本のエピソードで、日本脱出を提唱するのが「小松」博士とか)。黙示的な世界観の作品というのは、ごく個人的な視点で読者と主人公の距離をゼロにして体感させるか、群像劇で俯瞰視点でスケールを出すか、という選択を迫られるケースが多いと思うのだけど、「オーラル・ヒストリー」という数多の証言から全体像を導くという「いいとこ取り」に着目したのが一番の成功のポイントだと思います。エピソード同士に共通した人物が登場するという小技も心憎い。もちろんゾンビものということで文明批評との親和性も抜群。
 なんだけど・・・実は作者はメル・ブルックスの息子、ということはユダヤ人である訳ですが、舌鋒鋭いロシアや中国へのスタンスに比較して、(間接的なエピソードだけど)イスラエルに対しては大甘なんですよね。その問題の切実さは日本人である僕には十分には理解できないし、自分に近すぎることだから難しいのだとは思うけど、正直その部分はシラけました。
 厳しいことついでに。日本のエピソードの主人公は、長崎で被爆し光を失ったものの、アイヌの人の援助を得て、死人狩マスターとなった男。彼が元ひきこもりの青年(菊の紋の入った軍刀を得て覚醒)に巡り合うまで。うーん、よく研究してるのだけど、エキゾチシズムが過ぎる感が否めないですよね(ギリギリな設定だよなあ)。多分、原理主義的帝国に回帰してしまう設定のロシアの読者も「うーん」ってなったと思う。
 ただ、あまり難しいことを考える小説ではないので。断片を積み重ねるボディ・ブローが効いてきて、世界観にどっぷりつかっている内に、もし自分がこういう状況に置かれたらどうしよう・・・といつしか持っていかれます。ディストピア萌えの方にはズバリお薦め。深海から果ては宇宙までを舞台にした「見てきたようなウソ」に思い切り乗ってみてはいかがでしょうか。
☆☆☆☆
※ブラピ主演、マーク・フォースター監督で映画化されるそうで。