銃、ときどき音楽(ジョナサン・レセム)

 「ハードボイルド」って本当に使い減りしない形式ですね。これはとても良かったです。
  近未来のサンフランシスコ、市民はカルマとよばれる点数で減点管理され、社会の不満のガス抜きに政府は合成ドラッグを合法化していた。人々の孤立化は進み、進化療法により知能が増大した動物を愛玩対象以上の伴侶として選ぶものも多い。メトカーフはもと警察官ならぬ検問官で、今はしがない民間検問官をしている。今日も糊口をしのぐため事務所に足を運んだが、彼には事件の予感がしていた。その予感は大当たり、2週間前に降りた仕事の依頼人が殺されたというのだ・・・
 主人公はとにかくよく殴られ、自分の思う「筋を通す」ために、強大な権力者に対して無茶な戦いを挑む、というのは例によってハードボイルドものの典型。(強いて言えば明確なファム・ファタールが存在しないかな。)一人称であるにも関わらず、自分の掴んでいる「事件の真相」を読者にオープンにしないため、結末に至るまで何が進行しているのかよく分からない、というのも定石どおりなのだけど、とても「読ませる」ストーリーテリング。ちょっと話はズレますが、よく(FFに代表される)イベントメインのRPGを揶揄して「お使い」と呼びますよね。あれって実は人間の快楽原則に則った形式なのではなかろうか?「お使い」って何故だかそれだけで面白いところがあって、ハードボイルドの物語を駆動するエンジンも正に「お使い」なんですよね。
 さて、主人公は割りと早い段階で事件の黒幕と思しき裏社会の権力者を掴むのですが、「なぜ?」が埋まりません。しかし、カンガルーの鉄砲玉をはじめとする、表と裏、それぞれの世界で彼の配下にある者たちからの妨害にも「非道に対する古風な怒り」に突き動かされて決して挫けることがありません。ところが終盤に至って、思わぬ展開が待っています。そこから突入する第2部は、暗澹たるディストピア。果たしてメトカーフは彼の思う「正義」を貫くことができるのか・・・
 2部からの展開は怒涛で、正直「現代文学」風のアンチクライマックスやオープンエンドでも読者は怒らなかったと思うのだけど、あくまでエンターテインメントの枠内で決着をつけていたのが個人的には好印象でした。そして泣ける・・・。第2部ではグロテスクな管理社会が前景化して、主人公の戦っている相手は(理念としては)実は世界そのものだったという絶望的な状況が明確になるのですが、その落とし前の付け方が実に潔くて。
 SFハードボイルドといえば『ブレードランナー』ですが、ディストピアの閉塞感が実にディック風だなと思ったら、訳者の浅倉久志(ご冥福をお祈りします。最近亡くなってショックな方が多い...)のあとがきによるとディック協会報の編集員だったそうで。なるほど納得でした。
☆☆☆☆1/2
 ※1.ところで、情報に対する「手数料」をメトカーフが払うとき、100ドル札を半分にちぎって、「ヒントをくれたらあと半分やろう」というシーンが繰り返し登場するのだけど、そこがやけに格好良かったです。そういうディテールがとても上手い。
 ※2.「これは○○の分!」といいながら敵をぶっ飛ばすのは典型的ながら超燃える描写だと再確認。しかしオリジナルは何なのでしょうか?(てっきり日本独自のものだと思ってた)知りたいわー。