哀しき獣(ナ・ホンジン)

 (ネタバレ)公開当時評判は聞いていたけど、韓国陰惨バイオレンスの流れが食傷ぎみだったのでスルーしていたのですが、先日『暗数殺人』でキム・ユンソクをみたら過去作が見たくなって。なるほど、寄る辺なき者たちのノワールという感じで良かったですね。評判も納得でした。

 まずキム・ユンソクが『チェイサー』とも『暗数殺人』とも全く違うキャラクターで、役者としての幅の広さを感じました。すごいとしか言いようがない。それを言ったらハ・ジョンウもなんだけど、主人公である分優等生的演技を求められるからな…

 見ていて演出が素晴らしいと思ったのは、「異郷の地」で暗殺を実行するにはどういう準備が必要か?というシミュレーション的に丹念な描写がされるところ。自ずと主人公視点を共有することになるのだけど、ここで観客を的確に掴んでいるよなあと感心しました。(なんだか心細くなってくる。)

 結局のところ、委託殺人がまさかのバッティングになりボタンの掛け違いで関係者が全滅する※1、という話だった訳だけど、脚本上意図しての混乱がやはり鑑賞上ノイズだったかな、という印象を受けました。(それと手持ちカメラの揺れが物理的に辛かった。映画館だったら耐えられなかったと思います。)渦中にいる登場人物は大局が見えないという状況を、ここでも観客に共有してほしいということなんだと思いますが、奥さんの顛末に関するエピソードは飲み込みづらい点も含めて不要だったのではないでしょうか。ただ、「ハードボイルドの作法」としては何が進行しているのか観客(読者)には分からない、というのも定番ではあるのであえてなのかな…

 ともあれエネルギッシュな傑作だったと思います。鑑賞のタイミングとしては寝かせておいて良かったのかも。

☆☆☆☆

※1 ただし契約を正しく履行したものは生き残る、という倫理観が面白かった。

※2 エンドクレジット後の「あえての余談」部分は残された娘があまりに不憫ということへのエクスキューズじゃないかな、ということと、主人公は妻を信じて真面目に働いていさえすればこんなことにはならずにすんだのに…というシニカルな視点だったのかなと思いました。

※3 原題の「黄海」は越えられない断絶の象徴だと思うのでそちらが良かったのでは?と結末の場面を踏まえるとちょっと考えてしまいました。