河出ミステリも渋いところ出してきましたね(和田誠のカバーがまた渋い)。最近の「異色作家叢書ブーム」あってこそだと思うけれど、こういう所謂通好みといわれる作家を、短編集というまとまった形で読めるのは本当にありがたいものです。加えて、訳者の今本渉の翻訳は実にこなれていて、普段意識することがあまりない「翻訳者」という(海外文学に触れるにあたって、本当は少なからぬ要素を占めている)存在について改めて思いをいたすほどだった、ということについてもぜひ書いておきたい。その点だけでも一読の価値ありだと思います。
さて肝心の作品群ですが、どの収録作品にもみられる共通要素があって、○ある種リドルストーリーといってもいい「開かれた結末」、○分身譚、○恐怖の由来を外的な要素よりむしろ人間の内面に求めるニューロティックなホラーである、といったところ。文学史的にはマッケンやブラックウッドの系譜に連なるゴシックホラーと位置づけられているようですが、ニューロティックな要素を重視している点から、むしろモダンホラーへの橋渡し役として看過できない影響を及ぼした作家ではないかと思われます。実際収録作品は両大戦間期に書かれたものがほとんどで、その時代性を色濃く反映したものが多い。この時代ならではのリッチさが行間から感じられ、風俗小説として楽しむこともできそうです。ただ先に挙げたように「開かれた結末」があまりに多く、読者の側が想像力を駆使して積極的に楽しむことを強いている部分もあります(そういうところはちょっとジーン・ウルフ的)。
物語は、中庸を旨とする主人公が、ある決断を迫られているにも関わらずそれを先延ばしにした結果、想像もしなかったような残酷な結末を迎えるという展開を繰り返します。(こちらの方のあらすじ紹介が非常に的確でした→奇妙な世界の片隅で あいまいな事実 L・P・ハートリー『ポドロ島』。)人物造型がリアルで、彼らが巻き込まれる「人間関係の煩わしさ」も我々が日常的に感じるようなごく身近な設定であるため、結末についても他人事でないと共感させられる巧みなストーリーテリング。ただ状況的にはどうにも陰惨なバッドエンドであるにも関わらず、不思議とあっけらかんとしたユーモアも漂っていて、モンティ・パイソンにもつながるイギリスのシニカルコメディの伝統というのは実に奥深いものだと感心しました。
「奇妙な味」というのは本来こういう作家を称するためにある言葉じゃないかな。
☆☆☆☆1/2