孤独の発明(ポール・オースター)

 面白いのでぜひ読んで、とはお薦めしにくいけれど(オースターが書いたという担保なしではやはり取っつきにくいと思う)、世界は偶然で出来ているのだなとか、記憶の不思議さよ…といったことについて、散文(研究書でなく)という形式でしか表せない形で書かれた作品だと思います。その表現にしても、自伝でも創作でもなく、小説と詩の間のような繊細微妙な描かれ方で、作者にとってこの時期に(なぜなのかは具体的にはこの本を読んでほしいのですが)この書き方でないと成立しなかったのだな、というのが心に響いてきます。

 記憶って、特に幼少時については、ある印象的な出来事については鮮明に覚えているのに日々のことについてはぼんやりしていて(もちろんそうでないと脳の記憶容量がパンクしてしまうけど)、しかし現在の毎日の記憶も積み重なり更新されていくなかで、どうして過去のある1日は残り続けるのか不思議だなと感じるのだけど、そのような主観としての「記憶」について、すごく共感できる表現がなされていて素晴らしかったです。

 巻末に吉本ばななの作者との対談を踏まえた解説があって、その中でオースターが後半こそが大切だからぜひ読んでほしいと語ったくだりがあるのですが、なるほどそうだろうなと思いました。前半の「見えない人間の肖像」は、父にまつわるちょっと『心臓を貫かれて』的な数奇な人生を描いたパートなので重苦しくて読み進めにくいから、思い切ってとばしてもいいかも。後半の「記憶の書」は、散文の形式ですが、後のオースター作品のテーマが既にして完成しているというか、この核になるテーマを何度も描いているのだなとよく分かります(近作は読んでいないので不明)。特にちょっと前に読んだ『スクイズ・プレー』は、書かれた時期を考慮するとすごく納得がいく部分があって、サイドテキストとして最適だと思いました。

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