虹色と幸運(柴崎友香)

 日常系、語りに仕掛けがあるギミック系、毒のある話、若干超常系と著者の作品はいくつか分野があるけれど、『フルタイムライフ』みたいな日常系でしたね。

 ふとしたきっかけでとても親しくなって、ある時期を境に疎遠になったり、また久しぶりに集まるようになったり、という人生における人間関係の変遷の機微や不思議さがとても繊細かつ的確に描かれていたと思います。

 さらっと読めるけれど超絶技巧というか語りの洗練が極まった感じ。補助線として解説がとてもよかったです。

☆☆☆1/2

トゥモロー・ウォー(クリス・マッケイ)

 (ネタバレ)こういうジャンルの映画の難点をあげつらっても無粋なだけなので、むしろいい湯加減の映画だなと楽しんだのですが…

・とはいえ、タイムパラドックスについては考えないわけにはいかなかったですね。過去(現代)で解決したら分岐した「そうでない未来」に接続するのかな…

・時間を逆行できるテクノロジーがあるんだったらエイリアンも一掃できるんじゃないかしら…

・ひと頃ジャンル小説、映画で流行った「ベトナム帰りなら戦闘力が10倍」みたいなご都合主義を今時平熱でやってるのが逆にすごい。

・実は、この映画の設定はかくかくしかじかです、というセットアップのパートが一番面白かった。具体的にはプールに落っこちるまで。そういう「説明」をかったるいと指摘する人もいるけれど、僕みたいにむしろそっちの方が面白い人も多いんじゃない?

・同じ人間が同時代に存在するタイムパラドックスを回避するため早死にする人を選んでいる、という理由みたいなんだけど、その原因が泣かせる悲劇とかではなくて、自暴自棄というのが(そして登場人物のリアクションが)あまり見ないタイプの微妙さ加減で妙に印象深かった(そして長い)。現代パートではそんな気配なかったけどな…

・主人公が物語の決着に関与しないと映画を見てる方はカタルシスを得られないので、なんとかするんだろうなとは思っていたけど、最後のむちゃな展開は『イコライザー』みたいだなと思いました。とんちとしてはまあまあ。

・奥行や飛び出す感じを意識した画作りが随所にあったので、ああ劇場公開したかったんだよな…と切なくなりました。

☆☆☆

オッドタクシー(木下麦)

 こんなに次が気になったドラマは『トゥルー・ディテクティブ』以来かもしれない。日本で正攻法でハードボイルドをやるとともすればコント風になるのを、動物にすることで上手く回避しかつやり切ってましたね。

 人物とエピソードの出し入れがとにかく的確。主人公は決してヒーローではない普通の人なんだけど、個人的に譲れない倫理と矜持のためには一歩も引かない。そのために(妥協すれば)不必要な危険にも巻き込まれるけれど、それが自分の生き方だからと粛々と運命を受け入れる。正に典型的なハードボイルドの主人公※1。加えてファム・ファタールや心の弱い(結果主人公に迷惑をかけてしまう)友人などの配置も抜かりないし、汚職警官、目的が共通のギャングとの束の間の共闘など、およそ思いつく限りの全部乗せ。これらが破綻なく構成されていたのが巧みでした。※2

 一方気になったのは、(この作品に限らず)インディ作品に多いダイアローグが小劇場系というかコント風な傾向が好きじゃないんだけど、今回はワイズクラックだと思えば(ハードボイルドなので)飲み込めなくもないかな、と思いました。ところで、これもまたハードボイルドらしい要素としてモノローグによる進行がいくつかのエピソードであるのだけど、せっかくの書き言葉での「気取った」言い回しなのに、フリガナがなかったせいか声優さんが正しく読めてなかった箇所がいくつかあったのですね。あれって演出の段階で是正できなかったのかな…

 ともあれすごく面白かったです。でも続編に色気は出さないでほしいな。

☆☆☆☆

※1 主人公、炭治郎の声の人ってすぐ気付きました?クレジットでびっくりした。

※2 ご存じの通り結構ハードボイルドって雰囲気で押し通すことも多いので。

アド・アストラ(ジェームズ・グレイ)

 (ネタバレ)外界の刺激に心を動かされないように進んで感覚を摩滅させてきた人間が、とある任務を携えて容易に足を踏み入れられない闇の深奥(ハート・オブ・ダークネス)に乗り込んで行く…

 これって『地獄の黙示録』というか『闇の奥』じゃないか、と思ったら監督自身がそう言ってるんですね。(ほとんど幻想的なくらいありえないトラブルが次々と降りかかってくる感じもその印象を強くする。)しかし、最後に奥さんにこれまでの事を懺悔するという結末は、あ、そんな感じですか…となりました。悪くないとは思うんだけれど、取って付けた感じがしてしまって。

 単純に宇宙の地獄めぐりものとしては面白かったです。70年代SF映画の匂いがするのも良かった。

☆☆☆

EVA〈エヴァ〉(キケ・マイーリュ)

 村上春樹作品をスペインで実写映画化、みたいな話でした。映画の構えが大きくないのも好印象だったですね。

☆☆☆1/2

※スペインの雪景色というのが新鮮でした。それにしてもアマゾンの紹介はネタバレすぎだろう…

いろいろのはなし(グレゴリー・オステル)

 閉園後の遊園地、メリーゴーランドの馬たちを寝かしつけるのに園長はお話をします。しかし馬たちはなかなか物語に満足せずに、登場人物のその後を知りたがります。求められるままに園長はお話を語り続けるのですが…

 「つまるところ物語とは登場人物のエピソードのつらなりなのだ」ということが構造化された小説でした。しかもそれぞれの物語は互いに影響しあい、複雑に入り組みかつ精緻に組み立てられています。

 しかしそんなことは大人が感心すればいいのであって、子どもたちがただ楽しんで、けれども誠実に生きるとはどういうことかちょっと考えながら、読んでくれたらいいなと思いました。ともあれ、あたたたかい気持ちになるおはなしでした。

☆☆☆1/2

ブラック・ウィドウ(ケイト・ショートランド)

 結論を言うと大好物でした。時々アベンジャーズ関係の用語が出てくるから「そういえばマーベル映画だった」と我に返ったけど、特に前半はボーンシリーズみたいなエスピオナージュ・アクションでしたね。(007やMIにも目配せがありましたが。)そして舞台が変わるたびにドーン!「ブダペスト」みたいに大きく文字がでるのは、『ウィンター・ソルジャー』の系譜ですと宣言しているようだし(というか、そもそもあの文字も70年代ポリティカルサスペンスへのオマージュだけど。)

・役者陣のアンサンブルが素晴らしかった。「家族」を再び見出す旅の話だからここが要でしたよね。しかし色んなところから監督を見つけてくるね…

・4DXで初めて鑑賞したのだけど、結構揺れるのね。個人的な一番の盛り上がりはアレクセイの脱獄シーンだったのですが、本物の雪が降ってきたからっていうのも大きかったかも。

・パラシュートもなく数千mから降下して、なんだかんだあって無事着地というシーンがあったけど、見事な映画のウソというかケレンでした。アイアンマン3のたくさんの人間が手を繋ぎあったら空気抵抗で無事着水に比肩する名シーンだったと思います。

オルガ・キュリレンコってクレジットがあったから、どんなに雰囲気を変えてもこの妹じゃないよね…って途中まで本気で思ってた。

☆☆☆☆