生きる技術は名作に学べ(伊藤聡)

 読書カテゴリで何度か書いたことがありますが、僕は模試や授業にでてくる小説が好きでした。教科書の中の抄文から、あるいは問題として引用されている箇所から全体像を推測するのが楽しかったし(小説本体がその推測を大きく覆す物語だったらもっと楽しかった)、その「部分」自体のもつ意味は一ミリも変わらないのに、小説全体の中に配置されると違った色合いを帯びて読み直せることに気付いた時のスリリングさ、などが今の読書好きの自分を培ったのだと思います。
 なので、「そもそも小説の解釈は読者各々に委ねられるべきで、文章読解はテストの設問として適当でない」というような、読後の感想とリテラシーをごっちゃにしたような的外れな意見を耳にすると、とても腹立たしかったし、またそういう論者に限って「教科書に載っているような古典にはアクチュアリティーがない」みたいなことを言ったりするもので、怒りの火には油が注がれるのでした。
 という訳で、この本の趣旨を知った時は実に「わが意を得たり!」という気分だったのです。そもそも高橋源一郎のようなプロの手による「小説案内」も大好物だったのですが、この本の特色としてはプロパーでない故に韜晦や衒学趣味から自由だったということが挙げられると思います(意識してそのように書かれた、ということももちろんあるのでしょうけれど)。加えていうなら(ブログのレビューを読む時にも感じるのだけど)、対象に対する「優しいスタンス」が心地よい。こういう余裕のある(文章を書ける)大人になるはずだったんだけどなあ・・・
 ともあれ、個人的には古典解説の王道のスタイルで書かれた『車輪の下で』を扱った第2章がグッときたのですが、「現在において古典をあえて読む意味」という違った角度で切り込んだ第10章(『魔の山』)など引き出しの多さも素晴らしい。ぜひ日本のクラシックについても書いていただきたいものです。そして個人的な体験と映画愛と本書のテーマが一つに収斂するコラム「死について」が最後に配置されているという構成も美しかったと思います。
 さて挿絵担当は「ぼんやり上手」の宮本彩子さん(id:ayakomiyamoto)。想像を膨らませてくれるようなイラストがとてもチャーミングでした。
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