問いのない答え(長嶋 有)

 SNSでゆるやかに繋がるここ最近の世間のありようをまるごと文章世界で再現する、ということと、そこから「秋葉原通り魔事件」や「東日本大震災」という大問題へ斬り込んでいく(ただしいつものようなささやかな身振りで)というのが今作のテーマだったと思うのだけど、というかまんまですが、残念ながらそれが上手くいっているようには思えなかった。
 その要因として、1.空中ブランコのように次々と主体が入れ替わるというスタイリッシュな語りのスタイル:主題に対する心理的、地理的距離感は人それぞれなので、いろいろな立場の登場人物が折に触れ感じる心の移ろいからこそ描き出せる、という狙いに対して(だからこそツイッターという軽さを採用しているのも分かるけれど)、やはり多面的に描くにしてもそれなりに腰を据えた描写が必要だったのではないだろうか。
 2.むしろブルボン小林名義の方がしっくりくるような「あるある」的な内面描写:言語化されて初めて確かにそうだ!、と膝を打つようなコラムは作者の得意とするところであって、今回対象にしているような事柄を扱う場合でも、人間四六時中眉間に皺を寄せて思い煩っているわけじゃないよね、というバランス感覚を大事にしたかったのだと推察するのだけど、やはり軽すぎる印象は否めなかった。「震災以後」をいかに扱うか、というのは作家にとって大きな問題であって、いかに対峙するかということへの作者としてのひとつの真摯な回答ではあったのだと思うけれど、かなり物足りなかったと言わざるを得ない。
☆☆☆

スタッキング可能(松田青子)

 話題になっていた本ですね。装丁含め「ナイスセンスな案配」がトータルパッケージとして高評価だった理由である気がします。
 表題作については、個人的にはいかにも現代文学的なトリッキーな構造というものがあまり好みでないので、正攻法で書いてほしいという気がしたのですが、まあこれは好みなので…。「所詮歯車に過ぎない」という代替可能性を、諦念だけではなく、それぞれの立場で同じような悩みを抱えた「あなたに似た人」という(軽やかな)視点で捉えなおした点で、会社小説としての語りの構造の必然性はあるんだけど。もったいなかったのは「スタッキング可能」を絵解きしちゃうところで、あえて書かなくても意図は伝わったのではないか。
 収録作中、一番好きだったのは『もうすぐ結婚する女』。スタイルとテーマがいわゆるオーソドックスな従来の小説的だから、というのもあるかもしれないけど、些細な日常描写から登場人物のバックグラウンドがパッと展開する瞬発力に地力を感じたから。特に夫や母親の視点のナチュラルさ(「頭で書いている」と感じさせない感じ)は小説家としての膂力を見せられた気がしました。※
☆☆☆1/2(『もうすぐ結婚する女』は☆☆☆☆)
※娘が使っている食器が百均じゃなくてなんだかほっとした、という目線など、グッとくる描写でした。

『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(アンソニー&ジョー・ルッソ)

 これは良くできた映画でした。なんだか数合わせで作られたようなぬるま湯の前作からすると驚きの進歩。『アベンジャーズ』がいい意味でのお子様ランチだとすると、大人な風格のある作品だと思う。
・冒頭のランニング合戦でのやりとりからして楽しい。気が利いたセリフはハリウッド映画の醍醐味だけど、全編にわたって上手く書かれたダイアローグが緩急自在に物語をドライブする。「・・・使える機能はあるのか?」「エアコンは快調です」はツボでした。
・船の攻略シーン。個人的にはここが一番面白かったかもしれないほど、僕が「テキパキシズル感」と呼んでいるところのチームアクション(ex.『ダイハード』のナカトミビル占拠シーン)が素晴らしい。各々が割り振られた役割を的確にこなしていく、あの感じ。演出と編集が上手く噛みあわないと発生しない目の快楽です。加えていうなら、冒頭のランニングシーンで地味ながら「常人ではない」印象を観客に与えていたのが効いていて、無敵のスーパーヒーローではなく「強化された人間」ならではの絶妙なアクション演出がなされていたように思います。
・あれ?ブラックウィドーって、ホークアイといい感じになってなかったっけ・・・※1
・誰もが指摘するところの『大統領の陰謀』『コンドル』を踏まえたレッドフォード起用ですが、前見た時よりあまりに老けてたのがショックで、おじいちゃん無理しなくていいんやで・・・という気持ちに思わずなってしまった。それはさておき、70年代ポリティカルサスペンスへの目配せという点では『マラソンマン』も意識してたと思うなあ。
・ナイフ格闘の殺陣もよく工夫されていて興奮したのだけど、近接戦闘でハンドガンを使うところが新鮮でした。ウィンターソルジャー超カッコいい。
・つまるところ、国を守るという大義の前には多少の犠牲はやむを得ないし、「積極的な対処」がむしろ必要、という様に、目的を見失って手段が暴走する話だったわけですが、結局、一部の悪い人たちが上層部にもいたよ!という風に矮小化されてしまったのが残念。むしろ「それ」こそが国家という生き物の意思だった、という物語だったら薄気味悪くてもっとよかったのに、とも思いましたが、そこまでやっちゃうとヒーロー映画の範疇を超えてしまうかな…。
・その点で、それを潔しとしないキャプテン・アメリカというのは、やはりアメリカ人が自らをしてこうあってほしいと望む「アメリカの良心」を象徴しているのだなと、特殊能力などはさておき、マーベルヒーローの中でも特別な存在なのだと得心しました。
☆☆☆☆☆
※1 スティーヴにいい娘をしきりにお薦めするあの感じ、よかったなあ・・・
※2 ところで重箱の隅をつつきますけれども、ヒドラが「支障となる芽は早く摘む」と、トニーの父ちゃんが若くして消された風になってたけど、結構いい年まで生きてたよね・・・、あと『アイアンマン』でコールソンが適当な略称を検討中っていってたのに、シールドって昔からある組織だったの?

ロボコップ(ジョゼ・パジーリャ)

 題材との相性から、パジーリャの起用を考えた人は慧眼なり!と当初発表されたときは思ったのだけど、先に結果を申し上げるならば、もっとやれるはずなのに…という感想になります。
 オリジナルのどこがよかったのか改めて考えると、あのスッキリしない感じ、「結局全体としては何も解決していない」という作品を貫くペシミスティックな諸行無常観にあった訳です。ところが、今回はあまりにストレートな活劇調。主人公が組織ぐるみの汚職でひどい目にあったり、人間性と与えられた戦闘マシーンの本能の間で葛藤する、というような物語を転がすためのハードルはいくつか用意されているものの、約束されたハッピーエンドへのお膳立てに過ぎない感が画面から溢れていて、どうにも緊張感が足りません。ジョゼ!あの荒ぶる魂はブラジルに置き忘れてきちまったのかい?と観ている間何度臍をかんだことか…
 具体的にリメイクと比較すると分かりやすい例が、ロボコップが敵と対するとき、一度ロックオンした標的ならば顔も向けずに腕がオートマティックに射撃する、という有名なシーン。実に映画らしいケレンで、喝采を送りたくなる名場面ですが、同時に「マーフィが失ってしまった人間らしさ」をも象徴していて、どこかもの悲しさもあるという巧みなバーホーベン演出です。
 さて、今回のリメイクでも似たシーンがあるのですが、1.求められている射撃反応速度に対し、人間としての思考、躊躇が邪魔をしている→2.博士たちの検討ミーティング→3.機械的な反射を脳にフィードバックして、自分で判断しているように誤認させる→大活躍!という描写があるんだけど、まだるっこしい!オリジナルではワンシーンでやっていることを、これだけくだくだしく説明しないといけないのかと残念でした。
 もっと本質的な部分でがっかりしたのが、作品のトーンを決める重要な部分、サミュエル・L・ジャクソン演じる鷹派のTVキャスターの言動がいかにも分かりやすく悪役なこと。(プロパガンダ的ドキュメンタリーのパロディだった『スターシップ・トゥルーパーズ』の方がもっと顕著だったけれど)監督がニヤニヤしながら撮っているのが透けて見えるような底意地の悪さが魅力だった原作に対して、あまりにストレートで芸がなさすぎる。観る前に期待していたのは、同じ路線、方法論を踏襲するのではなくて、パジーリャらしいヒリヒリするようなリアルな描写を武器に、違った側面からのアプローチで料理してくれるんじゃないか、ということだったんだよね。
☆☆☆(冒頭にも書きましたが、まだまだこんなものではないはずという想いを込めて)
※まあ、正直オープニングのくだりが一番緊張感があって面白かったですね。
※ハリウッド版仮面ライダーとしてはよかったです。バイクが効いてる演出で。

戦場のメリークリスマス(大島渚)

 恥ずかしながら、DVDがレンタル化されて今回初めてみたのですが、たいへん面白かった。いいのは音楽だけ、という感想を当時から聞いていたから、もしかして本当にそういう作品なのではと危惧していたけど※1、杞憂でした。ちなみに僕の記憶の中では『地獄の黙示録』と同じフォルダに収められていたのですが、今回ちゃんと観た後でもその印象は変わることがありませんでした。不思議なことに、やはり80年代の映画※2というのは洋の東西は違えども同じ匂いがどこかしらするものみたい。
 ところで感想をネットで読んでいたら、(映画のテーマの重要な部分を負っていると思しき)ビートたけし演じるハラ軍曹に関して、「状況に規定される人間の卑小さを象徴している」という意見がある一方で、「極限状況下でも結びうる人間同士の心の交流の可能性を描いている」という正反対の意見もあって、どちらもその根拠を映画の最後の有名な「メリークリスマス!Mr.ローレンス」というハラのセリフに置いているのが興味深かった。(加えていえば、ローレンスのリアクションではなく、ハラの笑顔のストップモーションで締めているところが、多様な解釈の余地を残していてよかったと思う。)そしてどちらも正解と思える複雑さをはらんでいるのが、この作品の素晴らしさであるような気がしました。
☆☆☆1/2
※1 『地獄の黙示録』は正確には79年作品ですが。
※2 ジェレミー・トーマス案件なので、エキゾチズム狙いのあざとさが否めない感はあります。

ホビット 竜に奪われた王国(ピーター・ジャクソン)

 数多のフォロワーが発生したにも関わらず、やはりこの規模と精度でファンタジーを映画化した作品として『指輪物語』シリーズは突出してるな、と改めて思いました。ちょうど『スター・ウォーズ』EP4〜6がそうであるように。違いとしては、結局SWの1〜3が自身を超えられなかったのに対し、ホビットは前シリーズの世界観を包含しかつ拡充しているところ。やはり大きい画面が面白いに決まっているので映画館で観るべき映画だと思います。酒樽の脱出があんなに膨らませてあるなんて、『ローン・レンジャー』のクライマックスと双璧をなすアクションシークエンスだったよなあ・・・
 それはさておき、知らない女の人が出てくるのはまあいいとして、ビヨルンの設定がなんか違う感じなのがちょっとひっかかったかな。あと湖の町の統領はなんだかテリー・ギリアムの世界の住人みたいだったよね。
☆☆☆☆

ミスター・ピーナッツ(アダム・ロス)

ミスター・ピーナッツ
 深く分かりあえたという一体感に陶酔し、しかしその次の瞬間には相手のことを何も知らなかったのだという事実に愕然とする。けれども赤の他人がたまさか同じ屋根の下に暮らしているに過ぎないということを鑑みればそれも理の当然。という、客観的に見れば誠に不可解な制度である「夫婦関係」。その迷宮性をエッシャーのだまし絵、メビウスの輪に仮託し小説の構造として再現するという大変野心的な試みであるこの作品、挑戦は成功したといっていいでしょう…しかし。
 文学的なチャレンジが成功しているからといって必ずしも面白いとはいえないのが難しい。出てくる登場人物がことごとく自己中心的で、まるでシンパシーが感じられない、故に読み進めるのがたいへん辛かったというのが正直なところ。夫婦倦怠ものというのは古今東西さまざまな物語が綴られてきた訳ですが(それだけ語り甲斐がある主題ということだと思うけれど)、何かしら共感できるフックがないとテーマに得心できない。逆に言えば、「こんなに愛すべき人物と思われる2人であるにも関わらず、どうしても起きてしまうボタンの掛け違い」というアプローチでないと「夫婦の迷宮性」の深みに到達できないような気がしたのでした。登場人物のチャイルディッシュさにシラケてしまって物語に入り込めなかったという点で、スパイク・ジョーンズの『かいじゅうたちのいるところ』を思い出したり…
☆☆1/2