ミスター・ピーナッツ(アダム・ロス)

ミスター・ピーナッツ
 深く分かりあえたという一体感に陶酔し、しかしその次の瞬間には相手のことを何も知らなかったのだという事実に愕然とする。けれども赤の他人がたまさか同じ屋根の下に暮らしているに過ぎないということを鑑みればそれも理の当然。という、客観的に見れば誠に不可解な制度である「夫婦関係」。その迷宮性をエッシャーのだまし絵、メビウスの輪に仮託し小説の構造として再現するという大変野心的な試みであるこの作品、挑戦は成功したといっていいでしょう…しかし。
 文学的なチャレンジが成功しているからといって必ずしも面白いとはいえないのが難しい。出てくる登場人物がことごとく自己中心的で、まるでシンパシーが感じられない、故に読み進めるのがたいへん辛かったというのが正直なところ。夫婦倦怠ものというのは古今東西さまざまな物語が綴られてきた訳ですが(それだけ語り甲斐がある主題ということだと思うけれど)、何かしら共感できるフックがないとテーマに得心できない。逆に言えば、「こんなに愛すべき人物と思われる2人であるにも関わらず、どうしても起きてしまうボタンの掛け違い」というアプローチでないと「夫婦の迷宮性」の深みに到達できないような気がしたのでした。登場人物のチャイルディッシュさにシラケてしまって物語に入り込めなかったという点で、スパイク・ジョーンズの『かいじゅうたちのいるところ』を思い出したり…
☆☆1/2