特別料理(スタンリイ・エリン)

 ※ネタバレ箇所があります。
 「奇妙な味」系作家としてよく比較されるダールは、文字通りの「予期せぬ出来事」に巻き込まれるという不条理劇の雰囲気があるが、エリンのほうはどちらかというと、欲をかき過ぎたり我を張りすぎたりという人間誰しもが持っている「弱さ」がきっかけになる不幸な偶然を題材にしている。日本でダールの方がインパクトが強いのはそのせいだと思うが、その反面としてエリンは小市民の生活の切実さを短編のボリュームで描かせると抜群の上手さがある。例えばこの短編集収録の『君にそっくり』冒頭、主人公の青年のエスタブリッシュメントの子弟に対するコンプレックス描写はリアリティがあって身につまされる。(ここで読者はすでにエリンの罠に嵌ったも同然なんだけど・・・)
 『壁をへだてた目撃者』:青年は隣室の主婦にひそかに恋心を抱いていた。彼女は不幸な結婚生活を送っているらしい。そんなある日、彼は壁越しに決定的な事件が起こったことを耳にする。事件の真相究明のため彼は奔走するが・・・ 一番好きだった作品。結末、実は加害者は妻の方だったというどんでん返しがある。ツイストとしてはベタかもしれないけれど、普通の作家だと『冷たい月を抱く女』風にファムファタールとしてのヒロインにするところを、「薄幸の女性の爆発」とするストレートさに逆に意外性を感じた。またそこがエリンらしいとも思う。
 全体として『九時から五時までの男』より粒ぞろいだった印象。
☆☆☆☆