2006年に村上春樹がその名を冠した賞を受賞したことから、近年改めて注目を集めたアイルランドの短篇の名手、らしいのですが。率直にいって受賞の件すら知らなかったのだけど、とても素晴らしかったです。こういう作家の本が出るからやっぱり岩波は侮れないなあ・・・アイルランドという土地の特殊性を理解した上で鑑賞できるともっとよかったのだけど、そこまで突っ込んだ読み方をしなくても登場人物の造型の上手さと技巧に走り過ぎない素朴な語り口が味わい深かった。以下個人的に良かった作品を。
心細いながらも至福の時だった母親と二人きりの銃後の生活。しかし父さんが帰ってきてそんな生活は一変する。お母さんはどちらのものか白黒付ける時が来たようだ!ところがどこからか赤ん坊がやってきて・・・「ぼくのエディプス・コンプレクス」:「はじめての懺悔」もそうなんだけど、オコナーはこどもの造型がとてもかわいらしく上手いですね。戦争と家庭という規模はぜんぜん違うけど状況に振り回されるお父さんもチャーミング。
偏屈で知られる年上の友人アーチー。心を開いた彼から、トラウマになっている過去の女性とのエピソードを聞かされた僕は・・・「ある独身男のお話」:独身をこじらせてしまった男の恋愛話(笑えるけど笑えない)。「信頼できない(主観の)語り手」として頑迷さを強調するという方法もあったと思うけど、あえて真っ直ぐな若い聞き手を対置したところが作家性なんだと思いました。
お互い神父である幼馴染のかつての親友が亡くなった。行きがかり上、殆ど彼を通じてのみ交流のあるジャクソン神父と葬儀に列席することになったが、彼は昔から苦手な男だった。いざ葬儀に到着するとタブーである女性との交流を思わせる赤い花輪が届けられていた。小さな町のちょっとした騒ぎに助言を求められた彼らが返した答えは・・・「花輪」:この作品が一番好きでした。反目というほど明確な拒絶ではないにせよ、何となく反りが合わなくて、しかし人間関係上どうしても付き合いが出てくる人というのは誰にもいると思うのだけど、そういう微妙なところが実に巧みに描かれています。そしてお互いに歩み寄ることができるようになるきっかけはささやかな出来事で充分かもしれないという可能性。(その一方で「ルーシー家の人々」では不可能性にも触れているわけですが。)
アイルランド独立紛争にも関わっていたそうなので、本来そういった要素とは切り離して語れない作家なのかもしれないけれど(「国賓」のような極限状況は反則過ぎるけど定番でもあり・・・『クライング・ゲーム』?)、ストレートなストーリーテリングとほの見える人間関係への希望が心地よい短篇集でした。
☆☆☆☆☆