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マグニフィセント・セブン(アントワーン・フークア)

 まずよかったのは、監督が「もし俺に西部劇のオファーがあったら、こんなことをやりたいな…」と思っていたであろうことが、その気持ちが、全部画面に炸裂していたところ。今に続く西部劇の歴史が培ってきた様式美、ケレンが余すところなくサンプリングされていて美しい。屋内で鳴り響く銃声、ドアから出てきたのは悪役、まさか…と次の瞬間崩れ落ちたり、戦闘の冒頭で撃たれたガンマンが、全てが終わった後で、ゆっくり倒れ伏したり。お約束の最終兵器、ガトリングガンもでてくるよ!

 端的に言えば全体がステロタイプなんだけど、物語も人物も「大体皆さんが想像されているとおりです」と大胆に割り切って、バックグラウンドなどをバッサリ刈り込んだ語り口がむしろ清々しかった。むしろその効能として、観客の想像する余地が生まれてよかったのではないか。例えばヒロインのエマと同道するテディは、幼馴染の彼女のことが結婚する前からずっと好きだったんだけど、殺された夫の復讐に飛び出したのを見ていられなくて勇気を振り絞って付いてきたんだな…とかね。

 一応『七人の侍』も原典としている建前だけど、あまりその要素はなかった印象。まあリップサービスでしょう。人物造形にしても、主人公たちは「人殺しの技術」という物騒な能力だけが突出して高い人間であり、南北戦争では偶々脚光を浴びることになったのだけど、本来「平時には持て余されてしまう人間」であって。(ヴァスケスがお尋ね者だったり、南北を敵として戦った者同士がチームを組むという展開がその辺りを強調しているような気がします。)皆、脛に傷を持つ男たちで、一見そうではなさそうな主人公サムですら「7つの州の委任執行官」という名乗りをことあるごとに繰り返す内に、眉唾な感じになってくるのが面白い。そんな彼らが死に場所を求めて集うという物語。

 個人的な一番のお気に入りのシーンは、主人公たちがローズ・クリークに初めて乗り込む時、町を支配するボーグ傘下のガンマンを片づけるくだり。5人くらいやっつけるのかと思いきや、あれよあれよといううちにワラワラ増えてきて、都合30人強を仕留める。それぞれがガンアクションの見事なショーケースになっているんだけど、仲間同士の連携や流麗な繋ぎ方が素晴らしく、ヴァスケスが「俺はこの瞬間をずっと待っていたんだ!」とばかりに叫ぶのが観客のテンションとシンクロして、西部劇として見ても屈指の名場面になっていたと思います。正直、クライマックスの籠城戦よりも興奮しました。

 ・デンゼル・ワシントンの銃捌きの見事なこと。ライフルを収めるだけなのに、所作に色気がある。それだけ見てても元が取れたなあ。

・メキシコ人賞金首ヴァスケスを演じるマヌエル・ガルシア=ルルフォは全然知らない人だったのだけど、愛嬌も雰囲気もあってよかった。これから注目されるのではなかろうか。

・男だらけでむさ苦しい中、華やか方面を一手に引き受けるのがヒロインを演じるヘイリー・ベネットなんだけど、ちょっと引き受け過ぎというか、露出過剰というか。「夫の敵を討つ!って着替えてきたかと思ったら、やっぱり襟元をピラピラさせて。上のボタン留めなさいよ!」と一緒に観ていた妻が義憤に駆られていた。義憤?

 最後あたり、みなさんご存知の通り、仲間が・・・という展開になるんだけど、ずっと泣いていました。最近涙もろくなったなあ。でも、それだけよくできているという証左でもあると思います。

☆☆☆☆1/2

クライム・ヒート(ミヒャエル・R・ロスカム)

 ビデオスルーという状況と邦題からすると、一番有名な出演者がスコット・アドキンスのB級アクション、みたいだけど全然違います(いや、そういうのも好きなんだけど)。観終わった後あまりに面白くて、つい久しぶりに感想を書きたくなった次第。
 デニス・ルヘインのクライムストーリー、と書くと大体想像できると思うし、概ねその想像は外れていないのですが、情緒に訴えかけようとするあまりの小賢しさが鼻につく、みたいな感じがこれまでの彼の映画化作品の弱点とすると、それが見事に克服されている。自身の脚本作なので、そこに意識的だったのかもしれませんが、監督の功績が大きいような気がしました。
 とにかく犯罪と地続きの日常を描写していく演出のリズムが素晴らしい。特に大きなことが起こる訳ではないのだけど、我々が思う平穏な生活とは違うルールで律されている世界がここに確かにある、と思わされる※。また、語り口の点で巧みだなと感じたのは、主人公の青年の犬を介したヒロインとのふれあい、身の程を過ぎた捲土重来を期する初老の男マーヴ、裏社会の資金ルート、何かを嗅ぎ付けていると思しき刑事、正体不明のならず者といった複数の物語が輻輳して、話の落ち着きどころがなかなか見通せないところ。それでいて観客に情報を提示するタイミングは的確なため、ぐいぐい惹きこまれる。
 充実した役者陣も大きな要素で、トム・ハーディの「過去の経験から大きな喪失感を抱えていても、絶対に譲れない芯がある」主人公像が魅力的だし、悲哀を感じさせる「足掻く男」J・ガンドルフィーニも見事。精神面に問題を抱えているヒロイン、ナディア(ノオミ・ラパス)もあえての安っぽさがいい。けれども一番上手いと思ったのは、『君と歩く世界』での好演の記憶も新しいマティアス・スーナールツ演じるエリックの薄気味悪さ。主人公ボブの平穏な日常を脅かす闖入者として要所に登場する(過去の不穏な「武勇伝」も含めて)のだけど、この映画がさらに素晴らしいのは、そんなプレッシャーをかける側であるはずのエリックが、場末のカフェで不意にボブから声をかけられた時、一瞬なんだけど気おされて見えるところ。そういう些細な違和感が後から効いてくるんですね。
 好みからいうとエンディングがやや甘すぎるけど、それは求め過ぎというもの。拾い物という言葉では全く足りない傑作だと思います。
☆☆☆☆1/2
 ※凋落していく自身を客観視できなくて、深みにはまっていくという展開もそうですが、演出のトーンも含めて『エディ・コイルの友人たち』を参照している印象がありました。その一方で『ロッキー』みたいな匂いもあってね。そういう種々を踏まえた上での「結末」だからな・・・巧いな本当に!

シン・ゴジラ(庵野秀明)

 ファンの人が鼻息荒く「日本映画史に残る!」とまでいうほどの手放しの絶賛ではなかったのだけど、単純に面白かった、とも言い難いような、一種名状しがたい映画ならではの感興を催すという意味で、やはり傑作だと思いました。
 物語全体のバランスもいいとは言い難いし、ごつごつした異形の作品だな、という印象。特に「あいつ」が初めて画面に姿を現したときは、ソフビ人形のようなキッチュな造形であるにも関わらず、不思議と妙なリアルさを備えていて、鑑賞後もモヤモヤと心に残ります。(個人的には世評の高さの3割ほどは「あいつ」に負うところが大きいと思う。あの造形をディレクションできるという点だけでも監督の才能は証明されている、ような気がする。)
 ちょっと前のギャレス・エドワーズ版は、トレーラーの時点では「災厄としてのゴジラに、例えそれが絶望的であっても挑まないわけにはいかない人類の悲壮な戦い」を描いてる風で、これは期待できるな!と思って実際観たらガメラだった、という顛末だった訳ですが、あのトレーラーの気分に忠実だったのはむしろ今作だった、という嬉しさがありました。しかし世間一般の感想はどうなのかよく分からないのだけど、ディザスター映画のカタルシスはあまり感じられなくて※1、大破壊がひっきりなしに、というのではない、地味だが確実に関東の人が困る状況が粛々と進行するという、現実味を帯びた展開であるために、観終わったあとも一抹のどんよりとした気分が残る印象でした。
 意図通りとはいえ、あまりに着ぐるみ然としたゴジラの造形はいかがなものか(せっかくのCG化なのに)とか、役者陣の悪い意味でいかにも特撮映画的な拙い感情演出※2、などの不満点はあったのですが、一方、素晴らしいと思ったのは「お金のかけどころをよく理解している」点。作りが荒くても観客が心の目で補完してくれる、という部分はざっくりと、逆に都市破壊のミニチュアワークや戦闘するCGの作り込みなど、ここで手を抜いたら映画全体が安っぽくなってしまう、というところは心血を注いでやってるのがこちらに伝わってくる、そういうメリハリの効いた配分でした。
 戒厳令下の東京ということで『パトレイバー2』が引き合いに出されるのもむべなるかな、と思うけど、ifを弄ぶような姿勢が鼻についたあちらよりも、こちらの方が面白く観られた気がします。むしろ傑作「怪獣」映画だった『パトレイバー3』にもっと言及があってもいいのにな。
☆☆☆☆1/2
※1 結末にすっきりしないものを見せて終わるから、という意味ではありません。
※2 カヨコ・アン・パタースンは、あんな80年代のラジオDJみたいな感じじゃなくて、逆張りで「日本語」がめちゃめちゃ流暢という設定だったら、なるほどわざわざ日本に送り込まれるだけのことはあるな、ってなったのにな。

:『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(J・J・エイブラムス)

 ファンメイドとしてはすごくよくできてる、みたいな作品。調整能力に秀でたエイブラムスらしい仕上がりだった。(わざと)のったりのったりしたストーリーテリングとか、オールドファッションなプロダクションとか。
 その一方で、全般的に各方面に配慮しすぎな感じが窮屈な印象もあって※。こういう作り方もあったか!っていうのびのびした映画が本当は観たかったんだけど。
 つまるところ、エピソード4(つづく5,6も)というのは、あの時代に才能の捌け口を求めて天才たちが集結し、青春や思いのたけを全力でぶつけた、成り立ちからして奇跡的な作品であって、再来を期待するのがそもそもの間違いなのかもしれない、と思いました。あるいは物語もさることながら、(画面には出てこない)作り手たちの切実さにこそ心を動かされていたのかも。
☆☆☆1/2 
ハン・ソロとかレイアは隠し味でよかったのに、ちょっと前面に出過ぎというか、接待しすぎだったような…

007 スペクター(サム・メンデス)

 これが邦画だったら「守ると誓った、この命を懸けて」みたいな如何なものかキャッチが躍るところだと思うけれど、僕は話としてはそういうの大好物なので、この作品も好きでした。(ネタバレ前提なので未見の方はご覧にならないでください。)
 とはいえ、クレイグ・ボンドの全ての敵はつながってました!というのは、いくら後出しでも余りにちょっとという印象が否めない(松本零士病というか永井豪病というか…)。加えて、嫉妬心が動機というのも『スカイフォール』の敵役シルヴァと被る感じがして、しかも前作はそれでとても上手くまとまっていたために、その価値を相対的に貶めるような気もして残念でした。
 「ミスター・ホワイト」が図らずもすべてを通してのキーマンになった訳ですが、利害を通じてある人間が複数の犯罪組織に関係するということはあり得ると思うので、クォンタムはスペクターの下部組織ではなくて、複数政府の関係する外部団体にしておけばもっと不気味な存在になったのに、とそこも勿体ない気がしました。それ以外の気になった箇所メモ。
・アヴァンタイトルの「死者の日」のベッドに残してきた女性、あの後どうなったのかしら…カモフラージュのためだからそもそも知らん、というのが、なんというか007らしさ(あるファン層にとっての魅力)なんだとは思うけど、巻き込んだならケアしてあげてよ。という程度には古典的なヒーローが好きなのです。
・今回のアストンマーチンはコンセプトカー然としていて、グッとこなかった。
・マドレーヌの高級診療所に行く時のダウンジャケット、あれもトム・フォードなのかな。買えないけど欲しい。
・タンジールで「アメリカン」というのはボーンに対する目配せなのか。
 同じ心に傷を持つものとして、ヴェスパーのことなら愛せるかもしれない、と思ったのも束の間、永遠に失ってしまい、そこからは喪失の連続、というのがクレイグ・ボンドの骨子だったけれど、人間性の恢復も含めて最後のチャンスが与えられた、というのが今回の話ですよね。所謂007マナーからは外れる異端のエピソードだから、それはちょっとと思う古参ファンもあるかも知れないけれど、『女王陛下の007』へのオマージュでもあるかもしれなくて、いやオマージュ云々はさて置いて、僕はそこにこそ今回グッときたので、このままクレイグ・ボンドは美しく終わらせてほしいと強く願うものです。※
☆☆☆☆
※ボンドは帰ってくる、とエンドクレジットにありましたが、帰ってこない方がよいので、次回作は新しい007コードの担い手をスカウトするところから始めてほしい。

ヤンコ:モンクストラップ(レザーソール仕様)

 いいかげんチーニーの黒靴がくたびれてきたので。実はチーニーのダブルモンクで探していたのだけど、チャーチ傘下から離れた現体制でのチーニーの靴をよく見てなくて、改めてまじまじと見るとなんかつくりがしょぼくなってないですか?(靴の作りに詳しくないせいかもだけど。)
 それで甲幅が広いせいもあり、いま履いているヤンコのダークブラウンのものが何だかんだで気に入っていることもあって、黒靴もヤンコにしました。やっぱりやわらかいのがいいですね。(あと残業10時までしてたりすると足がむくんできて、硬い靴は耐えられないんですよ。)現実的な理由もあるけど、仕事で履くならこれくらいの価格帯の靴がしっくりくるな。でもソールにはラバー貼る予定。

マッドマックス:怒りのデス・ロード(ジョージ・ミラー)

 なんというか神話的な物語であって、すばらしい傑作。
 こういうのは偶然ではもちろん作れないのだけど、さりとて狙ったからといって作れるものでもなくて、言語化できない「名作としかいいようのない何か」の領域に達しているという意味で、映画史に残る作品になっていたと思う。
 なので悲観的な予測をあらかじめしておくと、これから作られるといわれている続編は、これほどの映画にはならないのではないかなあ・・・(作らない方がいいんじゃないかなあ)
 ☆☆☆☆☆