ホドロフスキーのDUNE(フランク・パヴィッチ)

 つくづくホドロフスキーは誇大妄想狂の人なんだと思いました。普通に考えたら実現するはずがない。でもなんか魅力的でもあるのだろうと画面から伝わってきました。(逸話から想像するにジョブズの現実歪曲空間もそういう感じだったのではなかろうか?)

 ところで、ネットが今のように発達する前の頃、ホドロフスキーのことを「コミック・アーティスト」と紹介していることがあって(実際にはバンド・デシネ原作者だったわけだけど)、ああ実はそういう出自の人だったのか、と勝手に納得してたのだけど、実際は『デューン』準備の縁で知り合ったメビウスと合作した、という時系列だったのだと今回ようやく分かりました。

☆☆☆

300 〜帝国の進撃〜(ノーム・ムーロ)

 正直、あえて作る必然性のなかった凡庸な続編という印象ですが、『フレンチ・コネクション』が(おそらく)負けっぱなしだとすっきりしない、という理由で続編が作られたような感じだったのかな…。まじめに凡庸さの理由を考えると、前作は戯画化された軍国主義がおぞましくも笑っちゃうという話で、本来、観客は『スターシップ・トゥルーパーズ』的なリテラシーを求められる映画だったのだけど、今回はテミストクレスという理知的な人が主人公になったため、良くも悪くもテーマがぼやけてしまったせいではなかろうか。

 個人的には、世界史の教科書を読んで、想像だけで興奮してた「クセルクセス親征」「サラミスの海戦」みたいなキーワードがビジュアル化されて、実際はこんな感じだったんだ!と思ったり(多分8割フィクションだけど)、敵役のアルテミシアが不憫すぎてギリシャ滅んでいいんじゃないかと思いながら観ていました。あとプロダクションデザインがパトリック・タトポロスだったのはやっぱりギリシャが舞台だからだったのかなと思ったり。

☆☆☆

ハーフネルソン(ライアン・フレック)

 「座持ちする」という言い方があるけど、似たような意味で「場持ちする」役者がいると思うんですね。出ていることで、映画に一種の風格をあたえるというか作品のクオリティを担保するというか。登場した途端「この映画は面白くなりそうだぞ」という空気を醸成してしまう。今までは『ウォーリアー』のトム・ハーディを例に挙げることが多かったけど、この映画の冒頭のライアン・ゴズリング※1はそれに比肩する「画面の捕捉力」でした。

 ところで映画は、型破りで生徒の信頼も篤い教師なんだけど麻薬に溺れている主人公と身の回りに麻薬の売人がいるような劣悪な環境から縁を絶てずにいる生徒の交流、という物語。なんとか現状を打破しなければならないと自覚していながら、なかなか依存から抜け出せない「弱い」主人公が、その切っ掛けを掴める…のか?というテーマは、同じ監督・脚本コンビによる『ワイルド・ギャンブル』と共通していますが、個人的にはこちらのほうが、劇的な展開をあえて設けていないこともあって好きでした。評価の高さも納得。特に生徒役のシャリーカ・エップス※2の毅然とした眼差しが印象に残ります。

 これは完全に蛇足ですが、映画そのものは現在の我々がイメージするライアン・ゴズリングの役者像の礎になった作品(2006年)だけど、それ以外にファッション・アイコンとして注目されていたじゃないですか。それがフラッシュバックするというか、とにかく衣装の(着崩し方の)格好良さがすごい。この時期ってそうだったよな!と思わず当時を思い起こしてしまいました。

☆☆☆1/2

※1『ドライヴ』のゴズリングも相当場持ちするけど。

※2ファルコンになる前のアンソニー・マッキーも出ていて、なまじ好漢なだけにたちが悪い麻薬の売人を好演してます。

サスペリア(ルカ・グァダニーノ)

 サスペリアというよりは鬼畜大宴会のリメイクかといった趣の作品でしたね。もっと下世話な感じでよかったし、やはり長すぎる。深遠なテーマゆえに長くなりましたということだったら本末転倒かな。

 それとオリジナルの良さはショックシーンのスパッとした鮮やかさだったと思うのですが、今作の所謂ホラー的くだりはいちいち執拗で(失禁とか嘔吐とか)、その鈍重さが受け入れにくかった。そこもランタイムが長くなった原因ではないでしょうか。90分くらいだったら、なるほど、そうきたか!と楽しめた気がするのだけど。

☆☆1/2

未来のミライ(細田守)

 この映画も賛否あったように記憶してるけど、『時かけ』や『サマーウォーズ』など過去作にあったような引っかかりは殆ど感じませんでした。むしろ階段を片足ずつ降りてくるような幼児の仕草や、赤子の手のひらの儚い感じ、雪の結晶!などの演出が素晴らしくて、そういう細部を愛でる作品ではないかと思います。

 くんちゃんが親の言うことも本当は分かってるんだけど、自分の主張も間違ってないはずだからと、ダブルバインドになってワーってなってしまう感じを見ていると、自分の幼少期の情動に不意に引き戻されて。そういう感情の喚起力があるのが素晴らしい。

 作品世界のルールについて納得できない、という批判もあったようですが、大雑把に言ってこの映画は「絵本」なので、それぐらいの大らかさで見た方がいいような気がしました。

☆☆☆☆

※お兄ちゃんが新幹線で赤ちゃんをつい叩いたり、お出かけ前に夫婦でピリピリしたりというよくある光景を見ていると、どこも一緒なのね…あと実家の両親がライトなダウンジャケット着がちというのが、そうそう!となりました。伊賀大介さすが。

 

万引き家族(是枝裕和)

 パルムドールに相応しい力作だったけど、『楢山節考』しかり、受賞はやはりある種のエキゾチシズムに依拠してる気もして、是枝作品だったら別の映画に授賞してほしかった。

 ケイト・ブランシェットが絶賛した安藤サクラはもちろん上手いというか凄まじかったのだけど、役者陣が皆素晴らしかった。かつ演技レイヤーが違うのに作品として違和感なく成立してるのもすごい。

 残念だったのは、物語の構造上仕方ないのだけど、取調べがあまりにも絵解きすぎる感じになってしまうところ。それはさておいても心揺さぶられる作品でした。

☆☆☆☆

※りんちゃんがキム・セロンかと思った(役柄のせいもあるけど)とか、リリーさんと樹木希林の組み合わせが東京タワーっぽいとか、パルムドールが期せずして緒形親子とか。意図せざる関係性が面白かったですね。

ボーダーTシャツ(ラコステ)

 実際には所謂ラコステの柔らかい鹿の子素材で出来ているので、クルーネックポロシャツというべきかもしれない。青と赤のボーダーのラインが入ってるところが、懐かしダサい感じで、一周しておしゃれ、というコンセプトだと思う(面倒くさくてすみません)。あとメイドイン仏、いわれるところのフレラコというのも売りなのかな。

 これまでもラコステのポロシャツが好きで、でも着丈が長いから、わざわざ補正して着ていたのだけど、最近ビッグサイズ、ルーズシルエットがトレンドになってきて目が慣れてきたのか、そのまま着ても悪くないなと思い補正はしてません。(でも長身痩躯で肩幅がないため、ルーズなデザインの服は今後も着ないと思う。)

 ところで20代以降の世代は想像もできないと思うけど、スリムフィットがスタンダードになる前は、現状のようなスタイルはピタピタすぎてありえないと思ったものなんだよね。あの時の潮流の変化は本当に劇的だったし、それが25年くらい続いているというのは栄枯盛衰が激しいファッションのトレンドにおいても珍しいんじゃないだろうか。