嘘と正典(小川哲)

 短編集として収録されている5編は、読ませる工夫はあるものの正直若干もの足りないな、という印象だったのですが、書き下ろし中編かつ表題作として最後に配置されている「嘘と正典」はテーマと技術が両立している充実感があって高評価も納得の作品でした。

 もの足りなさを感じる理由としては、「魔術師」「ひとすじの光」「ムジカ・ムンダーナ」が、いずれも「現状の(芸術的、文化的な)仕事に満足がいかない若者が、父親から何等かの形で託された願いやメッセージに気づいて、別の角度からの意義を見出して改めて仕事に取り組み直す」という物語の変奏になっていたから。あえて同じ枠組みを採用して別の物語を構築するという試みなのかなとも思ったのですが、そこまで徹底されている訳でもなかったのでたまたまなのでしょうか。

 一方、「時の扉」「嘘と正典」は史実(ナチスソ連)を立脚点にして「過去の歴史に関与する、あるいは改ざんすることの意味」を問う物語になっており、あえていえばこの短編集全体が現在地点からの過去の歴史の問い直しをテーマにしているといえなくもない。今現在としてアクチュアルな作品、と本当はいいたかったのですが、正直な感想としては、「SFならではの観念的な問いかけ」が現在ほど空しく感じることはない、というものでした。

☆☆☆1/2