設定や出演者からいって『MAD探偵』の精神的続編ということになると思うのですが、あちらほど響いてくるものがなかった、という印象です。ものすごく奇矯な出発点から、最後は不思議なペーソス、センチメンタリズムに着地する、というのはやはりジョニー・トーの作家性なのかな。
もともと個人的に、警察に裁けない悪を葬るというビジランテが「悪役」とされている話は、(『ダーティハリー2』の昔から)どうしても悪役に肩入れしてしまうというか、この悪役は悪くなくない?と思ってしまうところがあって。特にこの話では、香港警察の無能さ故に肉親を失った遺族が止むに止まれぬ思いを抱いて、放置されている真犯人に復讐を遂行している、という設定なので、警察がそれの邪魔をして、あまつさえ射殺までする(お前ら銃口の向け先が違うだろうが!)という展開がどうしても飲み下せませんでした。主人公が彼らにシンパシーを持っているのかも微妙だし…
結局映画のストーリーや演出って作り手側の胸三寸な訳ですから、そういう設定は不快感を伴わないように整理すべきではないかというのが僕の立場です。内部規律の観点からもどう見ても香港警察が無能なのが見ていて歯がゆいけれど、雨傘運動を経て市民からの共感を急速に失った警察の在り様を婉曲的に描いているのか(どう描きたいのかそれすらぼんやりしていましたが)、過去の「香港」映画(今は実質中国映画なので)での英雄的な立ち位置からはかけ離れている印象を受けました。
これは完全に蛇足ですが、中国映画になってから演者のメイクがやけにのっぺりテラテラしていて、整形かCGかという違和感が拭えないのは、あれはなんなんですかね?
☆☆☆