梟-フクロウ(アン・テジン)

 史実に材を採ってディテールを膨らませるという点では、先日観た『ソウルの春』と大枠では同様ですが(というかこちらは飛躍がすごいけど)、韓国映画はやっぱりこういうの巧いなと思いました。評判だったのも納得です。

 ただ、冷静になってみるとエピソードや人物に消化不良なところもあって、例えばふらふらしているかと思いきや芯のあるところを見せる典医仲間のミンシク(『パラサイト』のリスペクトおじさんだったんですね!気付かなかった)などは、見せ場以降バッサリ登場しなくなるし、そもそも関係者が把握している「事実」と表舞台で交わされる「建前」が、登場人物たちとしてはどちらベースで振舞っているのか脚本が混乱してくるのがもったいなかった。だから、例えば、世子暗殺実行犯である御医がなぜかクーデター側から放置されているし、宮廷内情の決定的な場面に同席していた主人公も普通にその後王の診療をしていたりするという、「え?この人今ここにいて大丈夫なんだっけ?」という妙な展開になってくる。そこの交通整理は上手く行っていない印象でした。

 思うに、大河ドラマ(宮廷陰謀劇)と目撃サスペンスと人間ドラマ、もっといえばお仕事もの、のように要素を欲張りすぎたのではないかと思います。もうちょっと剪定すればよかったのにな、と思いました。

☆☆☆1/2

※というか、主人公は『毒戦 BELIEVER』のリュ・ジョンヨルだったんですね。こちらも気付かなかった!