明の皇太子・朱瞻基は皇帝の命で首都の北京から南京へと遣わされるが、到着と同時に船を爆破され、辛くも逃げ延びる。続いて届く皇帝危篤の報。いったい誰の企みなのか?太子は南京で出会った捕吏、官吏、謎の女医らと共に脱出し北京を目指す。タイムリミットは十五日。果たして一同は間に合うのか?
大冒険活劇でした。よくもまあこれだけの障害を設定し、かつ脱出の手立てを思いつくものですね。登場人物はいい意味でステレオタイプなんだけど、ストーリー上の出し入れと展開、開陳すべき伏線のタイミングなどが的確なため、一気呵成に読まされる。その点については、『西遊記事変』でも感じましたが、翻訳者のスキルに拠るところが大きいと思います。ボキャブラリーが素晴らしく豊富で、それでいて「ああ、難しい言い回しを恰好いいと思って書いているけど、微妙に使い方を間違っているな…」という箇所が全くない。まるで漢文の書き下し文を読んでいる気分なんだけど、絶妙に読みやすいんですよね。プラス、作者も愛読しているという司馬遼太郎風の「○○については~といってよい」という言い回しを採用したりして気が利いています。(細かいですが、資料、でなく史料にあたる、という解説の訳文も的確だなと思いました。)
思うに、「鬼滅の刃」「呪術廻戦」なども、源流を辿れば「西遊記」「三国志演義」「水滸伝」などの娯楽活劇小説が日本でも親しまれて、その後に独自の発展と洗練を経て、やがて漫画やアニメなどの形で一つの達成をみた、その成果でもある訳です。(「燃える定番の展開」の交通整理、公式化には中島かずきの仕事も大きいと思う。)そのような中、近年、中国、台湾、韓国などのアジア圏へ日本のアニメ、マンガの影響が大きいのはよく知られるところですが、作者も『銀河英雄伝説』のファンサイトへの寄稿や愛読書として司馬遼太郎をあげるなど、やはり日本の娯楽作品に親しんでこられたようです。派手な見せ場のつるべ打ち、史実ベースの「フィクション」(見てきたかのような作り話)、章立てごとのクリフハンガー、などにそのフィードバックが感じられて、文化は巡るんだなという感慨がありました。
ところで、シンプルな脱出譚、アクションロードノベルとしてやり切るのかなと思っていたら、最後に至って意外な重い真相が明かされます。主人公のひとりであるその人物の行動原理は、正に現代的な観点からの問題提起なのですが、その怒りは正しいと僕も思いつつも、とはいえフィクションの部分であるし、作者の案配ひとつならすっきり娯楽作的な結末でもよかったのでは、とも感じました。とはいえ、『西遊記事変』でも一筋縄ではいかない展開(現実のような苦さ)をみせていたので、これが作者の持ち味なのでしょうね。面白かったです。
☆☆☆1/2