(ネタバレ)極端な設定とシチュエーションで映画をドライブしていく感じがちょっと…となりました。すごくヒットしているとのことですが、令和の南極物語なのかな。
というのも、極道が歌舞伎役者になる、という発端も極端だけど(その割に出自はスキャンダル以外で物語に有効に活用されない)、話が停滞しそうになったら、師匠が事故に会っていきなり襲名、才能の違いを見せつけられてライバルと恋人が出奔、大御所の娘に手を付けてドサ周り、その現場でよく分からない輩に絡まれて女形と背中の誇りを汚される、しかし人間国宝になぜか呼び戻されて華々しく復帰、ライバルの病が発覚、死亡…正直、視聴率に問題があった朝ドラのテコ入れ部分をダイジェストで見せられているような気分になりました。
原作未読で書いているのだけど、小説だと分野の特性として画から音から読者の想像に委ねられる訳ですが、映像化してしまうとそういう訳にはいかない、という箇所が個人的には引っかかった要素かもしれません。「歌舞伎のすごさ」を役者が体現できていない、と断ずることはできないけれど(むしろその点はかなり頑張っていたと思いますが)、主人公が「芸の神髄に触れた(と感じた)」瞬間については、小説に分があったのではないかと思われました。凄さを演出するのに、キラキラしたパーティクル、演技を撮るにあたっての編集(というかブラーみたいなエフェクト)は、余計な付け足しだなと感じました。(そういうのは『ブラック・スワン』が上手くやっていたかな。)
それに加えて、映画の冒頭から「これは十字路で悪魔に会う話になるな」と予想はしていたのだけど(芸事映画の定型だから)、途中でそのまんま自分で言っちゃうから、おお、ストレートだな(悪い意味で)と思ったし、そのいわば犠牲になった娘が長じて再会した際に「父とは認めないが、あなたが達成したことは受け入れます」みたいなことを言うから、主人公に甘い話だな、そこは「その境地に至る過程で傷つけた物事を死の床で思い出せ、地獄に堕ちろ」くらい突き放してほしかったな、と思いました。
子どもを預けて久しぶりに夫婦で映画館に行ったのだけど、偶然同じ感じで来ていた知人夫妻に会って「何を観られるんですか?」と尋ねたら「鬼滅です」とのことでした。そっちが正解だったな…
☆☆☆
※1 思うに、『悪人』とか『許されざる者』は面白かったので、脚本の奥寺佐渡子が合わなかったのかもしれない。苦手な前期細田守作品の人なので。「コーヒーが冷めないうちに」もちょっとないな、という感じだったから。
※2 むしろ少年時代の喜久雄には「常人にはない素質の輝き」が感じられて、だから極道から梨園へ、というフィクションならではの跳躍も飲み込めたのだけど、その分大人になってからは普通、という吉沢亮は割を食ったかなという印象がありました。