最近、芥川賞って出オチ的なタイトルやペンネームが多かった印象なのでその類かなと敬遠していたのだけど、梗概を読むとそうではなさそうなので読んでみた次第です。近年の芥川賞(読んでいる限り)では久しぶりに王道な感じでよかったですね。昭和の時代の感触を現代に甦らせたような印象もあります。最近は形式の部分でのトリッキーなチャレンジが目的化してしまったような、あるいはテーマが前景化しすぎて物語としての強度が不足しているような作品が多かったから※、あえて「古い」タイプの作品に賞をあげたのかなと思いました。本当にそうだったのであればよい選賞でしたね。
さてこの作品ですが、バリ山行とは、いわゆる山用語でいう「山行」とは登山のことなのですが、バリとはバリエーションルートを意味するとのこと。つまり一般的なルートを外れて、道なき道を行くことを目的とした登山。
主人公は転職した会社での身の置き所、今後の身の振り方をずっと思い悩んでいる中堅社会人なのですが、レクリエーションで始めたはずの登山が思わぬ形で自身の人生と二重写しになるという物語。主人公に対置される、我が道を行くバリ山行実践者、妻鹿(めが)さんとの距離感が作品を駆動していく。作者ご自身は「お仕事小説」という呼び方は好きではないとおっしゃっているのですが、登山や建築業界の知らなかった世界を教えてくれるところも大きな読みどころであるのは確かだと思います。リーダビリティが高いし率直にすごく面白かった。かつての芥川賞(第30回~50回くらい?)はこんな感じもあったと思うのだけど。
私は文芸春秋で読んだのですが、いつものお楽しみ「選評」において、主人公の煩悶とバリ山行というモチーフが絵解きに過ぎる(何を意図しているかあからさますぎる)という部分を難点として指摘している評もあったけれど、実はここには逆転があって、小説世界で描くと「素朴すぎる」ことになるけど、我々が生活している現実においては、「趣味に過ぎない世界」のはずが不思議と人生の来し方を省みる機会になるということもあるのであって、そのような在り様を描いているのではないかと私自身は読んでいて感じました。
ところでインタビューなどを読むと作者は実直な方という印象を受けましたが、作風を考えるとペンネームがもったいない(その時点で手に取らない人がいるのでは)、という気がしたのと、今作までに「実体験に即したモチーフ」を使ってしまった感じがするので、今後どのように作品世界を展開していかれるのかが楽しみです。
☆☆☆1/2
※正直、80年代の海外の小説の「現代文学」の影響に悪い意味で今日も引きずられている感じがあります。そちらの方は袋小路だと明らかになっているのだから、小説や文学の本質的な部分を磨く方向で作品を作らないと、受容層も含めていよいよ「文学」が衰退、崩壊するのではないかと危惧します。言葉を選ばずにいうと最近薄っぺらいから本当に。