いわゆるメインストリームとしての著作から外れた、知られざる奇妙な味の短編集、かと予想していたのですがさにあらず。ちょっと重めの中間小説といった趣の作品でした。
収録作品としては、大島渚によって映画化された「白昼の通り魔」が、抜け出すに抜け出せない田舎の因習的世界観と男女の業をありありと描いていて強烈だったのだけど、表題作「ニセ札つかいの手記」が一番よかった。※:偽札を少額使うことで本物に「洗浄」する、という仕事を通じて結びついた、本業ギター弾きの主人公と依頼主の「源さん」。主人公は、淋しさに付きまとわれているような雰囲気を湛えた源さんを、どこかであなどる様な、けれども世事を構わない様子を尊敬するような、相半ばする気持ちで見ている。しかしそれよりなにより、「あんたは、僕の探し求めていた男だ」と他の誰でもない「自分」を認めてくれたことで、離れがたい思いを持つようになっている。つまるところ、主人公こそが寂しい人間である、というのが分かってくるのだが…
というように、収録作に共通するのが「寂しい人間たち」。皆どこかしら内側に欠落を抱えながら(それを意識しながら)生きている。それが顕在化する抜き差しならない決定的な瞬間の到来に怯えながら、その一方で何とかなるさという自棄にも似たオプティミスムとともに。ではあるのだけど、描かれている事件はかなり深刻なものなのに、語り口はなぜか淡々と平熱でほのぼのとさえしている、というのが通底するトーンとして読後の印象に残りました。ほぼ初の武田泰淳だったのですが、これがこの作家の特質なのかもしれませんね。
☆☆☆1/2
※なんとなくスティーブン・キングの短編「なにもかもが究極的」を連想。