ラースと、その彼女(クレイグ・ギレスピー)

 ラースはアメリカ中西部の小さな町に住む寡黙な青年。兄夫婦は内気すぎる彼を気遣っていたが、ある日彼が待望の「彼女」を連れてくるという。しかし喜んで出迎えた「彼女」:ビアンカラブドールだった。奇矯ともいえるラースの振る舞いに、当初町の人々は当惑を隠せなかったのだが・・・
 昨年『フライトナイト/恐怖の夜』を観たとき、正直大傑作とは言えないまでも、青春の痛みとか喜びをセンシティブに切り取った(ジョン・ヒューズの諸作に比肩するような)瞬間が確かにあって、好もしさを感じたのでした。という訳で、未見だったこの監督作を遡って観てみた次第(以下ネタバレありで)。
 ラブドールとまるで人間を相手にするかのように会話するラースを次第に受け入れていく町の人々、特に意地悪な突っ込みをする人もなく、セックスの雰囲気も周到に排除されている、とくれば一種のファンタジーとしてこの作品が設定されているのだと次第に飲み込めてくるのですが、右も左も善人だらけの世界観に居心地が悪い思いをする観客もいただろうということは想像されました。なので、積極的にこの映画を肯定したい気分になったのは、鑑賞時の僕のコンディションがそういう物語を求めていたからということもあるだろうと思います。
 ただその一方で、物語のリアルな側面としては、ラースがラブドールの「彼女」を欲した原因に幼少時のトラウマがあること、その切っ掛けとなったのが義姉の妊娠でもあること、そして何よりネット通販で購入したのはラース自身に他ならない訳で、その事実から彼が目を逸らすような何らかの抑圧が働いていることも描写されています。ラースがビアンカに仮託しているものからの卒業が、職場の同僚の女性に心惹かれていく過程と軌を一にしているのもこれを裏付けているように思います。この辺りの微妙な綱渡りを成功していると見なせるかどうかが、作品そのもののジャッジの境目になっているのではないでしょうか。
 さて役者陣についてですが、タイトルロールを演じるライアン・ゴズリングはこれが出世作となっただけあって説得力のある好演。一種の難病ものでもあるので、チャレンジングな内容であるほどに演じ甲斐があったのでは。それに加えてエミリー・モーティマーの素晴らしさ。『マッチポイント』の世間知らずのセレブから『ピンクパンサー』でのコメディエンヌぶり、そして今回の善良なる片田舎の主婦、というように役どころの振幅の大きさに感服。本当になんでもできる女優さんだな・・・しかし今回彼ら以上に素晴らしかったのは、温かい目で主人公を支え続けてくれる女医を演じたパトリシア・クラークソン。控えめながらにじみ出る誠実さを感じさせる演技に心を打たれました※。
☆☆☆1/2
※こういう役ほどやりすぎちゃうものですよね・・・逆に言えば「感動を獲り」にいくことをせず、抑制の効いた演出に徹した監督も評価したい。
※フィルモグラフィを見たら、この女優さん2人が『シャッターアイランド』で、しかも「二人一役」で共演してたんですね。すっかり忘れてた・・・