裏切りのサーカス(トーマス・アルフレッドソン)

 せっかく一流の食材を揃えながら、いざ出来上がったものは「どうしてこんなことに?映画ってやっぱり難しいね…」という悲劇をこれまで我々は何度も目にしてきた訳ですが、その点、準備された一級の素材を期待されうる最高の料理として供してくれたトーマス・アルフレッドソンに対しては、ギャルソンをつかまえて「ひとことシェフにお礼を申し上げたいのですが」と声をかけたい気持ちになりました。(誰?)
 とはいえ、やっぱり高評価を付けたのは、語り口やレイアウトといった「映画の構造そのもの」に対して興奮できる向きのファンではなかろうか、とも思います。物語そのものを取り出してみたら、今までに何十回となく語られてきた冷戦エスピオナージュのクリシェだし(というかル・カレがその礎を築いたのだから本当は逆なんだけど)、派手なアクションがあるわけでもないので。
 しかし周到に配置されたセリフと映像(目線の演技!)による伏線が、結末を知った後で真の意味を現すときの一種陶酔的な高揚感は、やはり映画ならではのものだなと感じ入りました。こういう種類の興奮は最近あまりなかったような。
 でも・・・「寄る辺なき存在」の悲哀とそれ故かけがえのない同族同士の関係性(という同テーマだと思ったのですが)についての物語「ぼくのエリ」と比較すると、やはり好みとしては後者に軍配が。
☆☆☆☆
※MI6の物語としては、第一次世界大戦の昔から同じような陰惨な諜報戦が繰り広げられていたんだよな、とか、スカルプハンターに対する冷淡さ、もっといえば上流階級の子弟にしてゲイの主人公、みたいな要素でサマセット・モームの元祖エスピオナージュ『アシェンデン』を想起しました。こちらもすごくお薦めです。