失脚/巫女の死(フリードリヒ・デュレンマット)

 実に舞台的な道具立て筋書。作者は劇作家としても著名とのことなのでなるほど納得だったのですが。合計4作品収録の短編集で、個人的にはやはり表題作の2本が好みでした。
・「巫女の死」ソフォクレス作の悲劇で知られる「オイディプス王」のエピソードを、『藪の中』的構成で、執拗かつ倒錯的に再話した、という体裁。新しい語り部が登場するたびに事実と思われた事柄がオセロの盤面のように塗り替えられていくのが(ありがちとはいえ)面白い。そして辿り着く諸行無常の境地。タイトルロールの「巫女」とはデルフォイ神託を預かる存在を指しているのだけど、金で買える「神託」に嫌気がさして、できるだけあり得ない無茶なことを言ってやろうとした結果が、まるでその言葉に引き寄せられたかのように現実化していく。その成り行きに当惑する様がコメディとして秀逸。意図的にグロテスクに描かれる「衝撃の事実」が不思議と上品な感触を持っている、というところはグリーナウェイ作品を思わせます。
・「失脚」冷戦時代の共産主義独裁国家。密告と粛清の恐怖政治で、市民はもちろんのこと、実は安泰と思われる閣僚たちこそ「出る杭は打たれる」ことに怯え、市民以上に戦々恐々としていたという逆説がまず面白い。そしていつものように始まった閣僚会議。独裁者Aの気まぐれの行方を冷や汗で見守る政治局員たち。しかし核開発大臣Oの欠席は思わぬ波紋を投げかけて・・・あとから振り返れば「あの時、あの一言が転換点だったのだ」という決定的な瞬間はあるものですが、リアルタイムでは当事者たちにとってなんの変哲もない「その一瞬」を準備するデュレンマットの周到な手さばきに感嘆。この作品だけでも読む価値があると思いました。あまりにも演劇的といえばそうなんだけど、舞台としても観てみたい気がします。
☆☆☆1/2
※光文社古典新訳文庫の一冊なのですが、新訳の読みやすさもさることながら、隠れた名作復刻という側面が嬉しいですね。