髑髏(フィリップ・K. ディック)

 もともと『ウォー・ヴェテラン』を底本としているように、概ね戦争テーマの短編集と言ってもいいのでは。とはいえ、そこはディックのこと、アイディア・ストーリーから得意のパラノイア爆発な話までバラエティに富んでいます。以下、好きだった作品についていくつかコメント。
 忘れられたハイウェイ沿いのガソリンスタンドの老店主。ある夜、エルフ族と名乗る奇妙な一団を助けるが、その王はそのまま亡くなってしまう。残されたお供は彼に「王を継いでほしい」と頼むのだが・・・『矮人の王』:最後までしみじみとした筆致で語られるけれど、核には奇妙な熱狂がある、というディックならではの物語。主人公の妄想に落とすこともできるプロットをそのまま寂寞とした現実として語りきるところが味わい深い。仁賀克雄は悪訳で批判されることも多いですが、翻訳者によっては「妖精の王」という直訳版もあるところを、あえて「矮人の王」としたところが絶妙。タイトルのイメージ喚起力とセットで。
 最近の一番の問題は、季節によって多数飛来する火星人だった。帰宅途中、思いがけず少年は高い木にひっかかった「それ」を目撃するのだが・・・『火星人襲来』:余りにインパクトが強すぎて、もはや現実だったのか、ただの夢なのか自分でも区別が付かなくなってしまった幼少期の記憶、みたいな話。長じるにつれ失われるイノセンスが切ない。恐怖から始まる狂気という点で、これもある種の戦争批判という気がします。
 今まで未発見のある星に赴いた調査団の3人。彼らはそこで未知の放射線を浴びるという事故にあうが、それは超進化のきっかけだった。『造物主』:超スピードで進化しながら更新される知覚と頭脳で先手を取り合う閉鎖空間のサスペンスが格好よい。オチは読めるけど気が利いてます。
 植民惑星の先住星人の友人とトニーは昨日の約束どおり秘密基地ごっこをするはずだった。しかしそこに地球軍の戦況不利のニュースが入り・・・『トニーとかぶと虫』:大人達の憎悪に否応なく絡めとられていく子供たちの世界。よくあるテーマかもしれないけれど、こども目線が重い。満州引き揚げの時はこういう場面が見られたのかもしれないと想像したり。ディックが日本に広く受け入れられたのは通底する諸行無常の感覚のためかもしれない。
 火星や金星は植民化されていたが、権益と独立を巡って地球とは一触即発の状態にあった。また異なる惑星の環境に適応した身体上の相違は根深い差別を生んでいた。そしてフランシス・ガネットは危機的な状況に乗じて、一気に決着を着ける策謀を巡らせていた。そのキーとなるのは、老傷痍兵。彼は時間を遡行してきたらしいのだが・・・『ウォー・ヴェテラン』:人種偏見、戦争の狂気、そして時間を遡行する男というアイディア、これがこの短編集の目玉なのは間違いないと思うけれど、こなれていない訳と錯綜して整理されないプロットが相まって、読みにくい。ただ好意的にとればそれが戦時下の状況そのものといえない事もない。(互いの出自の違い故に)変化する状況にあわせて次々と立場を変え、謀りあう主人公達という世界観がとても殺伐としている。その一方でSFとしてのツイストも効いているのが素晴らしい。そしてシニカルすぎるオチ。表題作だっただけのことはありました。
☆☆☆☆
※文末の「のだが・・・」は昔の映画のパンフレットに載っていた文章へのオマージュであります。どんなストーリーでもサスペンスフルに・・・