狐になった奥様(デイヴィッド・ガーネット)

 良家の出身であるテブリック夫妻は、結婚して数年たった今も恋人のような中睦まじさだった。いつものように散歩にでたある日、突然妻のシルヴィアが狐に変身してしまう。それでも従前と変わらぬ愛を注ごうとする夫だったが、狐となった妻は内面までも野生化していく・・・
 変身譚ということではカフカの『変身』のように何かしらの寓話として読みたくなるところ。ベタには「性格についてよく知っているはずだった女性でも、結婚後は豹変したように感じられるものである」という異性とのディスコミュニケーションについての物語といったところでしょうか。変身後の動物を犬や鹿などではなく、あえて雌狐にしているのもそういう傾向に拍車をかけますね。
 しかしここは純粋に「もし妻が狐に変わったら?」という変則恋愛ものとして読みたい。(そのほうがロマンティックだからというだけの理由ですけれども。)脳内シミュレーションの快楽という側面からは、変身後の妻をそれでも愛そうとする時、実際にはどういう困難があるか?という点がすぐ想起されると思うのですが、まさしくそれがこの作品の読ませどころであるわけで。1922年という時代なりの描写ですが、そういう意味では東野圭吾の『秘密』との類縁性も感じられたり。
 2007年にこういうニッチなタイトルのあえて新訳を起こすというところが、岩波さすがに渋いなあ。
 ☆☆☆