A&R(ビル・フラナガン)

 業界内幕ものが大好物の僕にはストライクど真ん中だった。

 A&R(アーティスト・アンド・レパートリー)というのは新人アーティストを発掘するスカウトのこと。弱小レコード会社のA&R部門で働く主人公ジムが、大手会社にヘッドハントされたことから始まるあれこれを描いた業界小説。読む前はもっと狂騒的でポップなテイストの作品を想像していたんだけど、世間の荒波にもまれて成長していく古典的なビルドゥングス・ロマンだった。まあ業界ものをジャンル分けすれば、教養小説か悪漢小説が2大定番だけど。

 人物造形は割りとステレオ・タイプ。カリスマチックな親分肌のCEO、狡猾でタフな社長、その冷徹な参謀、バリキャリ風で意地悪な部下といった配置。基本的には主人公視点だけれども、時々それぞれのキャラクターに寄り添った語りが入る(プラスそのようなパーソナリティを獲得するに至ったこれまでの人生について。←これを読むのが大好きなんです。特にS・キング作品とか)という体裁で、要は人間関係と会社の力学で読ませる物語だからあまり複雑な内面を持った造形だと収拾が着かなくなるという判断なんだろう。

 社長の画策する権謀術数のスリリングさや音楽業界の華やかなセレブライフ、バックステージの醜さなど、ストーリーテリングは初の小説とは思えない滑らかさ。しかも人物の出し入れはさばけている。リーダビリティが高いっていうんですか?

 さて肝心の主人公ですが、ここぞという時には上司に逆らうことも躊躇しないヒーロー的なキャラ、ではなくて、自分の家族の生活もつい気にしてしまうナイーブな田舎出身の好青年。だから読者は感情移入しやすいという寸法。

 そこで思い出したのが小林信彦の業界小説。いわゆる「業界」小説の日本での第一人者だから、音楽業界を舞台にしているこの小説を読んでいる間つい比較してしまった。登場人物同士の裏の掻き合い、腹の読み合いみたいな読ませどころも似てる。小林作品は全般的に好きなんだけど、業界小説に関しては作者がかつて所属していた世界を舞台にしているせいか、ノスタルジーとない交ぜになったナルシスティックな雰囲気が鼻について手放しでは楽しめなかった。今回音楽業界で長く働いてきた作者のこの小説が素直に面白く読めたのは「外国」というフィルターを通してだったからかもしれない。

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