昨日「震える血」の感想でも書きましたけれども、アンソロジーを読む楽しみのひとつはジャンルを越境するようなクロスオーバー的な作品(SFでいうところのスリップストリームみたいなもの)に出会えるということがあります。むしろ「好みを拡張していきたい」という欲求が自分をアンソロジーに向かわせる。そしてもちろん好みの幅を広げるという行為には、今まで知らなかった作家の作品を知るということも含まれます。
この短編集には思い入れが結構あって、それは今まで手にしたホラー・アンソロジーの編者が必ずといっていいほど「『闇の展覧会』的なものを作りたいという目標の元、この本を編んだ」と巻頭で触れているから。
というわけで、かなり期待してたんですが・・・期待が大きすぎましたかね。正直なところ、タイトルセンスは垢抜けないけれど、(これまた「闇の展覧会」を手本にしたという)「999」の方が粒ぞろいだった、という印象です。
個別の作品の感想をいくつか。ジーン・ウルフ「探偵、夢を解く」:ウルフの「デス博士の島その他の物語」はかなり好きだったのだが、「アメリカの七夜」やこれは変に難解で。いや難解というかそんなに持って回った「語り」は必要ないやん、という気になってしまう。色々な「読み」の可能性をはらんでいるってところが現代文学マニアには堪らないのだろうと想像されるのだけど、俺は別にいいかなぁ。外野からすると作者も読者も自己満足チックな気がする。誰かに明快な解題をお願いしたい。まあツボじゃないってことかもですね。
アイザック・バシェヴィス・シンガー「敵」:ノーベル賞作家によるホラー、というより奇譚 。亡命者がその船旅で、あるボーイに訳もなく、しかし執拗に嫌がらせを受けるという話。それだけの話なんだけど妙にひっかかる読後感。さすがノーベル賞作家、ということなんだろうか?こういう作家の作品が読めるからアンソロジーはいいっすね。
ジョー・ホールドマン「リンゼイと赤い都のブルース」:旅行先の軽い冒険心で少女の娼婦を買ったアメリカ人。その代償は・・・ 海外のひとり旅で道に迷ったり荷物を盗まれたりしたことがある人(俺)には主人公の気分がよくわかると思う。空気まで伝わってくる風景描写が素晴らしい。
カール・エドワード・ワグナー「夏の終わるところ」:例によって僕が好きな大学青春ものホラー。この巻では一番好みだった。美学専攻の大学生である主人公は自分のフラットに手を加え、好みの内装にすることに余念がない。そんな彼が足しげく通うインチキくさい古物商の周辺で、なにか異変が起こり始めていた。それは彼の想像を超えた「やつら」の仕業だった・・・ この作家も初めて知った人だったのだけど、ストーリーテリングが絶妙。友達以上恋人未満?のルームメイトとの距離感みたいな人物描写・造形も上手い。
こうして感想を書いてみると、なんか結構充実した作品集だった気がしてきた(笑)。ともあれ、「序・破・急」みたいに構成ありきの作品ではなくて、ディテールの描写が繊細で、そういった「要素の積み重ね」から初めて作品の全体像が姿を現すようなスタイルが自分の好みなんだと再確認した。特にホラーというジャンルは、ともすれば作者のコマ的人物がカキワリみたいな風景の中で、ということになりがちだから。結論は残るあと2巻を読んでからかな。
☆☆☆