おおきなかぶ、むずかしいアボカド(村上春樹)

 村上春樹のいつものやつという感じで気軽に楽しく読めました。しかしながら10年ちょっと前の時点の感覚であってもちょっとだけひやひやする要素がありましたね。(正直、初期の短編には今となっては笑えないな、というものもある。作者としてそこが更新されてない、というか知ったことかと思っているのかも。)良くも悪くもそういうことを気にしてしまう(気にしすぎてしまう)感覚が自分の中で時を経て育まれてきたということかなと思いますが。

☆☆☆

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒(キャシー・ヤン)

 やりたいことはよく分かるし、狙いは概ね上手くいっていると思うのだけど、些かパンチに欠ける印象でした。やっぱり敵役が地味だったのかな。シオニスはユアン・マクレガーの柄じゃないというか(悪役は演じられると思うけど)、いわゆるこういうサイコっぽい役はサム・ロックウェル向きじゃないかな(まあそれとて散々観てきたキャラですが…)。美術とか撮影とか要素ごとのクオリティは高いけど、組み合わさると期待していた水準ではなかったというか。映画って難しいですね。

☆☆☆1/2

一人称単数(村上春樹)

(今回は批判的な文章になるので作品を楽しく読んだ方は読まれないでください。)さて初期の頃からのファンで今も「熱心な」読者というのはどれくらいいるのだろうか?最初に結論を書くと、いつもの手癖で書いたほどほどの短編集という印象でした。

 『女のいない男たち』が意外と面白さの面でかつての輝きを取り戻している点もあったので今回も期待していたのだけど、わざとなのかと思うほど(というか、わざとなのだと思うけど)過去から利用してきたモチーフの変奏だけで作られていた。

 そういう意味では最後の書き下ろし作品である「一人称単数」だけがこれまでになかったタイプのものでしたが、後味の悪さ(と作品上の配置)は読者に対する嫌がらせなのかと思われるほど。しかしどなたかの感想にもありましたが、過去作に登場するヒロインたちによる異議申し立てのメタファー(ということは自己批判)なのだと捉えると腑に落ちる部分もありました。僕も若い頃はヒロインのあの感じが好きだったのだけど、主人公を甘やかしすぎというか都合が良すぎる点には目をつぶっていた気がします。

 それはさておき、全般的に言って、(20代、30代の作家ならわかるけれど)今の年代になっても飽きもせずセックス、セックスと書いているのはいかがなものか?単純にちょっとおぞましい。

 以下、それぞれの感想。

・「石のまくらに」:近年の村上作品には「最近のトレンドも視野にいれてます」という目配せを感じることがあるけど(例えば『1Q84』ではセカイ系美少女が登場してたように)、この作品では「短歌が最近流行ってるんでしょ?」的にネオ短歌が登場してましたね。でも70年代のモードではなかったような。それはさておきこういう一期一会というのはあると思うし、そういう出会いの儚さ、掛け替えなさの切り取り方はさすがに上手ですね。

・「クリーム」:初期短編にもありそうな展開だけど、女子の意地悪さとおじいさんの造形は最近の作品でよく見かけるタイプである気がしました。普通。

・「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」:仮想の「意味がなければスイングはない」かな。

・「ウィズ・ザ・ビートルズ」:びっくりするくらいいつものパターン。おう、やってるやってる、という楽しさはあるけれど…

・「ヤクルト・スワローズ詩集」:どこかでこの文字の並びは目にしたことが、と思ったら「夢で会いましょう」だった。実は今回一番好きかも。

・「謝肉祭」:行き過ぎた「ルッキズム批判」に対する批判とも読める。アンダーグラウンド以降の視点もあるのかな。

・「品川猿の告白」:これくらいの感じが好きですね。あしか(だったかな?)とか、とぼけた動物がでてくるパターンは初期の頃から一貫してる気がします。

・「一人称単数」:先に書いた通りだけど、タイトル作品の解題は沼野充義さんの解説がよかったです。

☆☆☆

画家と泥棒(ベンジャミン・リー)

 ベルティルのリアクションのくだりもさることながら、うえー…マジか?となる結末が心に残るドキュメンタリーでした。監督の意図はどうだったのかな。

 ところで、俳優が再現ドラマとして演じているかと錯覚するくらい主役2人がフォトジェニックだったのと、音楽が『テネット』っぽかった(北欧スタイルなのかな?)ですね。

☆☆☆1/2

劇場版 呪術廻戦 0(朴性厚)

 呪術廻戦エヴァンゲリオン分校といった感じでしたね。作り手がどういう話にしたいのか明確だからOKと思うけど、そういう意味で最初から厨二上等という心意気だったのだと思います。画の書き込みはさすがに劇場版でしたが、アクションについては鬼滅のような滑らかな動きかつ工夫された殺陣の組み立てに慣れた目にはちょっと物足りなかったかな(贅沢な望みだとは思うけれど)。

☆☆☆1/2

 

 

RUN/ラン(アニーシュ・チャガンティ)

 タイトなランタイムであり、良く練られた脚本だと思いました。しかし評判の高さから期待しすぎたかな。

 ところで我々観客は見ている間だけあの母親に付き合えばいいけれど、主人公はこれまでの人生を依存していたと考えたら本当に絶望しかないと思いますよね…(だからってあの結末でいいのかとも思うけれど。)

☆☆☆

 

THE FIRST SLAM DUNK(井上雄彦)

 観たあとでは、この構成しかないというつくり。バガボンドの呼吸で演出されているスラムダンクという風情でした。そして作品としては映画の『AKIRA』っぽい。 

 選手として試合の渦中にあるような臨場感がすごかったのと、フェイクの入れ方などの動きの付け方が素晴らしかった。時間の引き延ばしとか動作の誇張とか、映画ならではの嘘が絶妙だったのだろうと思います。

 上手いようなずるいようなと感じたのは、人間ドラマとしては「故意の言い落とし」でバックグラウンドを観客に委ねているところかな。ともあれ現時点のアニメの達成としては『スパイダーバース』に比肩する映画だと思います。

☆☆☆1/2