タタール人の砂漠(ディーノ・ブッツァーティ)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)
 僕が勝手にイタリアの安部公房と思っているブッツァーティ。著者略歴で必ず触れられているタイトルなので気になっていたのですが、岩波で文庫化されたのでようやく読めました。
 国の北部の要衝でありながら、不毛の地であるため閑職と見なされている要塞に勤務することになった新任将校ドローゴ。彼はいつか来るはずの「その日」を待ちわび、焦燥と不安のなか、果てしなく続くかに見える通常任務を日々こなすのだが・・・
 あらすじからの漠然とした印象で安部公房『方舟さくら丸』のような展開の物語かと思いきや、煉獄とも呼ぶべき「仕事し、生きていくこと(そして死ぬこと)」についてのリアルな物語でした。既読の作者の小説が、もっぱら寓話の形式に仮託した「人生の一断面」を描いた物語だったので、ちょっと不意を突かれた体だったのですが、飲み込みやすいツイストのある展開でもなく、気が滅入るような競争社会と組織の人間力学が丹念に描写されています。
 転職するかしないか、組織に従順に生きるか、個人としての生活の充実に重きを置くのか、同僚との距離感は組織と相性のどちらを優先すべきなのか、といった誰にでも心当たりのある「人生の岐路」。あの時ああしていれば、という煩悶とはいつだって無縁ではいられませんが、それでは悔いのない人生とは何ぞや?という大テーマに簡単に結論がでるはずもなく。洋の東西を問わず、時代によらず、それが普遍的な問題であることが読後に重くのしかかる。
 読み手のラストの受け止めかたで印象が大幅に変わる作品でもあると思いますが、自分のような40代を迎えた人間には容赦なく突き刺さるシビアな小説です。願わくば20代で出会いたかった・・・
☆☆☆☆
※かの地でもカフカと評されているくらいだからむべなるかな、なんだけど、エンターテインメント要素の案配なんかもむしろ安部公房に似ている気がするんですよね。
※本当に重かったのは、実は「諦めること」についての物語だったからなんですが。