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夢幻の書(ジャック・ヴァンス)

 奇しくも「魔王子シリーズ」ハーフマラソン中にヴァンスの訃報に接したというのも何かの縁だなと思ったり。さておき、漸く読了。開巻当初こそスペースオペラの結構に意識的な作品でしたが、巻を追うごとに明後日の方向に逸脱、「オイクメーニ(魔王子ユニヴァース)ところどころ」のような紀行文を楽しむ案配になってきました。それとともに復讐譚としての側面もやや和らいで、最後まで通して読むとパラノイア達の度が過ぎた遊興のとばっちりを受けた主人公が、きっちりその利子を取り立てに行く「高利貸しもの」みたいになってくるんですね。(以下ネタバレ含みます。)
 大体、作者自身が、稀代の大悪党という1巻目の謳い文句に飽きてきて、そもそもの発端であった「マウントプレザントの大虐殺」とは何を目的にしたものだったのか曖昧にしてしまう始末。個々の魔王子たちも具体的描写を重ねるにつれ、増々小物感がつのってきて。そこで今回の敵、最大の魔王子とされるハワード・アラン・トリーソングですが、これがなんと文字通り中二病から卒業できない男で、タイトルである「夢幻の書」とは「ぼくの考えた最強の仲間たち※1」=邪気眼ノートだったのでした。こういうのって、洋の東西、時代を問わないのだなと興味深かったです。
 さて、何度か書いていますが、「地位も名誉も金もある人物が、思わぬ極限状況に置かれて露呈する本質」というのが作者の好んで取り扱うモチーフのようで。作品の要請するバランスを逸脱するほどのその方面の描写がむしろ個人的には魅力になっているのですが(一般的には作者の特徴として「異世界のエキゾチックな風俗描写」が取り上げられることが多い)、それはこのシリーズでも健在。とくに今回は、「厳格な戒律に縛られた田舎町の因習に反発した夢想家の少年が思わず引き起こした犯罪」という米ミステリでよく見かけるプロット※2との二重奏になっているため、何とも言えない余韻を残します。こういうアンチ・クライマックスな志向がこのシリーズをSF史において特異なポジションにしているのかもしれません。
☆☆☆1/2
※1 最強の仲間である七勇者とは、ストレスから生まれた分裂人格なのですが、書かれた当時、多重人格はフィクションで扱えるほどポピュラーだったのかな?ところで偶然にもキイスの『ビリー・ミリガン』と同じ1981年の作品です。
※2 好んで作家たちから取り上げられるほどに、田舎町の息苦しさというのは切実な問題なんでしょうね。