ドライヴ(ニコラス・ウィンディング・レフン)

 いってみれば70年代犯罪サスペンスの作法で撮られた『シェーン』ですよね※1。毀誉褒貶ある作品ですが、僕の大好きな要素で構成されていたのでお気に入りの映画になりました。
・大胆なジャンプカットを多用して細部を想像に委ねたり、逆に隣人の人妻とその息子との交流には時間をじっくり割いたりというダレ場を恐れない構成。またカーチェイスやアクションシーンは最小限に留めるというストイックなつくり。正直カンヌの監督賞を受賞というのは(自分の高評価はさておき)やや持ち上げ過ぎという気もしたけれど、その一方でよく分かるとも思ったのは、審査員がやっぱりここ20年くらいのハリウッドスタイルにうんざりしていたからではないでしょうか。つまり10分おきに大爆発が起こり、すべての観客に万遍なく物語が伝わるようにくどいくらい懇切丁寧(→長尺化)、かならずしもハッピーエンドではなくても後味の良い結末に、といった判を押したかのようなつくりに対して。
 『ジョーズ』『スターウォーズ』以降のメジャー作品というのは、プレヴュー結果などに基づいたマーケ至上主義の傾向を強めてきて、それはある種の洗練ではあったけれど、一方で平均化・均質化をもたらしていたのも事実。カンヌの件は、もうそろそろ「監督の好みを押し出した作品を、趣味が合致する観客が楽しむ」という選択肢があってもいいのでは?という意思表明だったような気がします(特に、あえて娯楽作のカテゴリーに属する映画に対して授与したという点で)。
・そういえば映画としてのバランスがいびつという感想を結構目にしていたので、それはそれで楽しみだなと少し構えて臨んだのですが、意外とそういう印象はありませんでした。というか、正確に言うとブロックバスター一色になる以前は、割とこれくらいの案配で作られた映画が多かったはずだから。(カーチェイス繋がりで例を挙げるなら)『ブリット』などは回収なんかそっちのけのエピソード満載だったけれど、「恰好良かったから、まあよし!」というストロングスタイルでしたよね。
オスカー・アイザックは、一目で分かるような「ああいう結果を引き受けざるを得ない男」の悲哀を体現していて、やっぱり巧い。なんだか最近そういう役を一手に演じてる印象があります。
・いうまでもないけれど、今回もキャリー・マリガンは素敵だった。「あの思い出のためなら死ねる」ことを観客を納得させないといけない役ですが、ばっちり成立させていたと思います。そりゃ彼女がガレージに寄ってくれたら、ぶっきらぼうな主人公もニッコリしてしまうよね。
・エレベーターのキスからのシークエンスは、現実にはありえない大胆なライティングでしたが、「決めシーン」としてグッときました。そしてそのケレン精神に森田芳光を連想。
・主人公の勝負服であるサソリの刺繍が入ったジャンパーは、最初純白だったのが、物語が進むにつれ血や汚れに塗れていくのだけれど、あれはやっぱりヒロインとの関係性のメタファーなのだと思います。※2
・ところで映画はやはり映画館で見るべきものだな、と改めて思ったのは、音響をすごく意識した作品だったから。軋むドライビング・グローブ、時間を刻む時計の音などの生活音がすごく印象的に使われていて、「映画で聞こえる音は、作り手が聞かせたい音が選ばれて、鳴らされている」ということを思い出しました。そしてもちろん発砲音の迫力!
・外国の監督が本国アメリカの人よりもかつてのスタイルを体現している→故に傑作というパターンは、最近の『フライトナイト』のリメイクしかり、今更同じことやれないし…という固定観念がない分、かえって素直に撮れるのかもしれませんね。
☆☆☆☆
※1 ネタバレかもしれないけれど、あえてのあの結末というのはその目配せだと思いました。
※2 スター・ウォーズでルークの衣装が黒くなっていくのはダークサイドに転じていく過程を反映している、という説になぞらえて…