スーパー!(ジェームズ・ガン)

 『キック・アス』、『ディフェンドー』とヴィジランテ競作で話題になっていた訳ですが、ようやく3本とも観終わったので感想を。最初に結論を書いてしまうと、結局は青年の成長を描いたストレートな娯楽作だった『キック・アス』、変則人情長屋ものだった『ディフェンドー』(知られざる佳作ですね)、というようにそれぞれ立脚点が違うので、作品の優劣をつけるのはそもそもあまり意味がなかったのではなかろうか、というのが率直な心情です。
 ではこの『スーパー!』ですが、オープニングクレジットやトレーラーでは(さもポップな作品であるかのように)意図したミスリーディングが行われています。しかしてその実態は、極めて陰惨な描写も含んだシニカルな人間喜劇でした。主観的な正義によって、やがて過剰というほかない暴力の行使に突き進んでしまう主人公たちコンビの姿は、むしろジェイソンやフレディなどのホラーヒーローに近づいていく。
 これは故なきことではなくて、『スクリーム』などでも言及されていましたが、処女性や貞操の大切さ、それの反面としての肉欲や酒・ドラッグへ耽溺することへの罪の意識、といったキリスト教的倫理観に反するものへの懲罰という側面が彼らホラーヒーローにはあるからです(いうなればナマハゲ的な)。だからこそホラー映画の主な消費者であるティーンエイジャーたちの半ば無意識の罪の意識をくすぐって、怖れるとともに快哉を叫ぶというアンビバレンツな興奮を引き寄せられる。翻って、この主人公が「天啓」によってヒーローになるのは、まさにその点と通底しているからに他ならないと思います。
 監督のジェームズ・ガンは、『ドーン・オブ・ザ・デッド』の脚本や『スリザー』の監督で、そのジャンルムービーへの造詣の深さ、「わかってる」感が賞賛されてきた人ですが、元々トロマ出身ということで、根っこにあるのは批評精神。ある種のソフィスティケートされた「毒々」感覚といっていいのではないでしょうか。この作品では、一面的な正義への傾倒、過剰さが持つ薄気味悪さまで含めて描き切っていたという点で、その手腕の確かさを証明していたと思います。(些か悪趣味なところもトロマ印でしたけれど。※)
☆☆☆1/2
※「悪党の膝を車で押しつぶすシーン」を演出する呼吸に、とりわけトロマの遺伝子を感じました。あとはもちろんクライマックスのショック演出にも…