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ルー・サンクション(トレヴェニアン)

 政府の汚れ仕事=報復暗殺に嫌気が差したジョナサンは、ロンドンで悠々自適の生活に入っていた・・・はずだった。接触してきたのは英国のウェットワーク専業の諜報機関「ルー」。それは大規模な売春組織に関するある任務の依頼だったのだが・・・
 『サトリ』の予習としてトレヴェニアンの過去作を読んでみようシリーズ。ところで、作者とウィリアム・ゴールドマンとの作風の類似はよく言われるところのようですが、どのような影響関係にあったのか、とても気になります(もちろん全然関係ないという可能性も大ですが)。生まれも同じ1931年だしなあ・・・。まあどこが似てるかって、ひねくれた一筋縄ではいかないキャラクターたち、(ほとんどアフォリズムみたいな)衒学的なレトリック、ペシミスティックな世界観。とはいえもちろん相違点もあって、ウィリアム・ゴールドマンの方は(映画裏話などで彼自身のエピソードを知ると)、ニヒリスティックな態度は「ポーズとしての偽悪」なんかじゃなくて本当に素でそういう人のようですが、一方、トレヴェニアンについてはギリギリのところで実際はロマンチストなのだと思っていたのでした。
 ところが、なんとも今回は陰惨な話でね・・・むしろW・ゴールドマンの作風により接近しているというか。それはさておき、前作『アイガー・サンクション』は変則エスピオナージュとしての要素はもちろんのこと、山岳小説として非常によくできていた(燃えるディテール描写!)ので、イーストウッドが映画化したくなるのも納得の名作でした。しかしこちらは「結局のところ最初から別の思い切った方法で決着をつけた方が早かったんじゃないの?」というプロットの締まらなさが実に残念。グロテスクに誇張されたキャラクターというのはキライじゃない方だし、そしてそういった登場人物の相互作用「のみ」で話を動かしていくタイプの作品というのも全然ありだと思うのですが、そうであればプロットの穴に読者が気付かされないぐらいの手際のよさが必要だったのではないでしょうか。もっとも、複雑に展開するための伏線の要素も感じられたので、途中でまとめ上げるのを諦めたのかな・・・例えていうなら「終盤になって集中を切らしたときのツイ・ハーク作品」のような雰囲気が感じられる小説でした。惜しい。
☆☆☆