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アジャストメント(フィリップ・K・ディック)

 映画化を切っ掛けにした傑作選なので既読が多かったのが残念だけど、改めて読み返してもやっぱり面白かった。以下、印象深かった作品のメモ。
「アジャストメント」:実際は被害者であって、大迷惑を被っている市井の市民である主人公が、結末、体制側に恐縮するという場面の気味悪さ。映画版はキリスト教の予定説との絡みで語られることが多い印象ですが、ディックという人はつくづく(神をも含めた)体制やシステムといったものに根本的な不信感を持っている人だったのだなと。
「ルーグ」:どんな些細な日常の光景にも、地球規模の陰謀を嗅ぎ付けずにはおかない作者の妄想ハンターぶりに戦慄。そして犬好きには堪らない犬描写。ディックは犬派だったのかな?(実は「アジャストメント」にも可愛らしいドジ犬が登場しているのです。)同じくこの短編集に収録されている「消耗員」は、この作品を更にパラノイアックな方向に踏み込んだ感じでした。
「ウーブ身重く横たわる」:商業誌デビュー作とは思えない冴えを見せる好篇。B級SFの体なんだけど、『スキャナー・ダークリー』みたいなシリアスな後期作品よりも、アイディア・ストーリーテラーとしての作者が好きなので、ど真ん中ストライクでした。ささやかだけど、考えオチな2段構えの落とし方がまた素敵。
「にせもの」:巻末の訳者解説で大森さんもお薦めされていましたが、数多あるディック映画の中でも、この作品の映画化『クローン』は『スクリーマーズ』と並んでディック的気分をよく映像化していると思います。というか、映画化を目論むならこれを水準にしてほしい。(『トータル・リコール』のリメイクは大丈夫かしら・・・)
「くずれてしまえ」:核戦争後の世界。細々と生をつなぐ人類の生き残りは、ケンタウルス星系からやってきた宇宙生物ビルトングに「もの」をコピーしてもらうことで糊口をしのいでいた。しかしビルトングたちにも寿命が訪れ・・・。今だからこそ重みのあるテーマ。「アジャストメント」の映画化にかこつけて、本当はこの作品を今世に出したいというのが目的だったのでは?と邪推したくなるほど。判断を体制というシステムに委ねて、自らは思考停止してしまうことの危険さとその在り様の醜さをありありと描いています。いつもはシニカルなディックにしては、結末が珍しく前向きなのも良かった。しかし平時なら(こういう感想を書いている自分も)「よくできてるけど、テーマはありがちな終末ものだよな」と思っていたような気がして恐ろしくなりました。なんというアクチュアリティ。
☆☆☆1/2(既読が多かったので)