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奪い尽くされ、焼き尽くされ(ウェルズ・タワー)

奪い尽くされ、焼き尽くされ (新潮クレスト・ブックス)
 新潮クレスト・ブックスの惹句は、個人的にはしっくりこないことがよくあって、この短編集も曰く「荒涼として」「ねじくれた」「根源的な怒り」、なんだけど、実際読んでみると意外とそんなことはなかったですね。むしろオフビートなユーモアでもって語られたアメリカの終わりなき日常。(脱線しますが、むしろ上記のような激しい形容で評されるべきなのはデニス・ジョンソンの『ジーザス・サン』じゃないかなあ。正直、あれは途中でついていけなくなって読むの止めたのですが。)
 特別な人物が特異なシチュエーションに巻き込まれて、という設定はひとつもなくて、憤懣やるかたなく日々をやり過ごしているような普通の人々に訪れた、ささやかな事件とそれをきっかけにした心の移ろいを切り取った作品。思い切って大雑把に書くと「大人の中学生日記」ですね。結末に分かりやすい大文字の「おしまい」がくることもなく、また明日からも同じような日常がやってくるというところも含めて。ユーモアの性質に関して言えば、市井の人々が必死になって「生活」と格闘する、そのちょっと的外れかもしれない奮闘の真剣さ加減がその真剣さゆえに可笑しい、という点でコーエン兄弟の作品に通じるところがあるような。でも彼らの作品ほど神の視点で登場人物を突き放しているという感じはなくて、むしろ結末は不思議とポジティブな印象が残る、というのが作者の腕前というか特質/美点であるような気がしました。
 「保養地」:兄弟の確執話。『シンプルプラン』はなにが怖かったかって、身内の感情のもつれほどタチが悪いものはないなという点だったのだけど、それを思い出しました。(これが3人兄弟だったら別の力学が働くのだろうし、2人姉妹にはまた別の問題があるのでしょうけれど。)愛憎半ばする感情の振幅の描写が巧み。ここに至って、なるほど腕のある人だなと思いました。
 「大事な能力を発揮する人々」:人物造型の勝利。痴呆気味の元弁護士のお父さんの、「うわーこの人面倒くせぇ・・・」と思わせるキャラとチェスの真剣師の結局どういう人なのか量りかねる胡散臭さのアンサンブルが読ませます。(誰もが持っている人格上のウィークポイントに切り込む作者の描写の切れ味の鋭さよ。個人的には一人称視点の作品に印象深いものが多かったです。)
 「下り坂」:元妻の怪我した今夫を送り届けることになった主人公のドライブの顛末。真綿で首を絞められるような閉塞感という意味では一番生々しかったような。本当はそんなことしたくないのにやせ我慢の変なプライドで引き受けたはいいが・・・起承転結のメリハリも利いてます。もっともそういう判断基準で評されるべき作家ではないのだけれど。
 「奪い尽くされ、焼き尽くされ」:ヴァイキングの暴力的な日常。でも当時の彼らの心性に寄り添うみたいな感じでは全然なくて、登場人物たちはまんま現代のならず者ども。実はコーエン兄弟の作品の登場人物みたいだなと思ったのもこの作品を読んだからで。『ファーゴ』とか『ビッグ・リボウスキ』的な世界観ですね。その展開から、こう締めるんだ・・・という着地と余韻の絶妙さ。(作者の名前が広く世に知られるきっかけとなった作品らしいのですが)本としての結末と響きあう、配置の上手さが光っていたと思います。
☆☆☆1/2