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きみがぼくを見つけた日(ロベルト・シュヴェンケ)

 遺伝子の異常で意思と無関係に時を移動してしまうヘンリー。彼と不思議な縁で知り合った少女クレアはいつしかヘンリーに運命的なものを感じ、やがて二人は結ばれる。しかし互いに了解していたはずのタイムトラベルの症状は彼らの家庭に影を落とし始め・・・
 まず気になったのが、タイムパラドックスを消化してないじゃないか、というか、物語を律するルールをちゃんと整理しないまま話を作ってしまったんじゃないかという点。その一方で「いやいやちゃんと映画を見ろよ。そういう設定云々が主題の話じゃないでしょ」という指摘は当然あると思います。実は僕もそういう無粋なことは書くつもりじゃなかったのだけど。
 それでは主人公の特殊な特徴が、作品のテーマに係る何らかのメタファーになっているのかといえばそうでもなくて。例えば『ベンジャミン・バトン』においては、「年を重ねると肉体が若返る」という特異性がヒロインとのすれ違いの原因だったけれど、あの映画ではそういう特殊な設定が逆説的に人生の普遍的な一側面(ごくざっくり書くと、そもそも「他者」を受け入れ愛するということとは)を照らし出す意味がありました。
 翻ってこの作品はどうかというと、設定にそこまでの必然性が感じられない。しかも語るべき内容の不足に対して長尺すぎる。という訳で、SF的なツイストの側面からも、物語性の点からも中途半端な印象を受けました。(大体遺伝子学の権威という触れ込みで登場する博士は、全然物語に貢献しないじゃない・・・。あとヒロインの友人カップルは描きこみが不足しているため、フラグが立たないまま(トゥルーじゃない)エンドになだれこんだ感じ。という具合に、剪定すべき枝葉を見極めきれていない印象なんですね。)
 坊主憎けりゃ、的にいえば実はこの映画の製作はブラッド・ピットのプランBなんですよね。どうして自分の作品の二番煎じみたいなことをするのか。それとこれは邦題の付け方ですが、ヒロインがレイチェル・マクアダムスだったからなのか「タイム・トラベラーズ・ワイフ」という原題が、「きみ読む」みたいなことになっててねえ・・・
☆☆1/2(演出自体の丁寧さは買いたかったのだけど・・・)