パンドラの匣(冨永昌敬)

 先日読んだ原作は、林間学校の高揚が果てしなく引き伸ばされたような一種の「ユートピアもの」の枠で展開する青春喜劇で、あまりメメント・モリというか、エロスとタナトスみたいな方面の要素は感じられないのがむしろ予想外という、風通しのよい小説でした。ところが、この映画化では菊地成孔によるサントラの不穏さに引っ張られるように、死の影が割りと濃厚な感触。
 ところでまず特筆すべきは女優陣。配役を先に知って読んだ影響も否定できないけれど、マア坊の若さゆえのコケットリイは、(ここ最近の若手俳優のナチュラル指向のトレンドとは異色な)やや過剰演技が逆に新鮮な印象を受ける、仲里依紗が実にはまり役。そして原作どおりの関西女のたおやかさが魅力的な川上未映子が竹さん。この二人だけで既にして7割成功と言わざるを得ないベストキャスティングでした。初めて見たけど染谷将太も悪くなかったし、いろいろ今となっては使いどころが難しいと思われる窪塚洋介もそうきたかと納得の演出でした。
 さて既に読まれた方はご存知のとおり、原作は「旧制中学校時代の同級生に宛てた」書簡体小説で、叙述上の仕掛け(というほど大げさなものでもないけれど)が結末にあります。叙述上の技巧であるだけに、映像化作品ではどう処理しているのかが興味のポイントのひとつでもあったのですが、映画では導入で宛先が先輩患者で先に退院する「つくし=窪塚」に変更されていて、その時点でエピソード上、大小さまざまな調整が発生することになります。それが映画の結末での別種のサプライズに・・・「大人になるということは、様々な現実を苦くても飲み込んでいくこと」という原作での大きなテーマを違った形で落とし前を着けたという印象で、ここも上手いなと感じました。
 この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当るようです。」という結末に置かれたエピグラフ的な一文も言葉倒れに終わっていない感じ。実によい映画化作品でした。
☆☆☆1/2