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モーム短篇選〈下〉(W・S・モーム)

 いみじくも解説において、作家の作風をチェーホフ派とモーパッサン派に大別しているのだけど、前者は物語に大きな起伏がない代わりにしみじみした余韻を残すもの、後者はプロットのツイストに重きを置くもの、という要旨。確かにモームは後者なんですよね。ただ、人生の真実の瞬間とでもいうべき光景を切り取って見せる腕をみると、それだけでもないよな、という気がします。(解説者もそこを否定している訳ではありませんが。)
 下巻は作者60〜70代の作品を収録しています。彼は幼い頃に両親と死別し、叔父に引き取られて孤独な子供時代を送り、長じては英国諜報機関に従事して、眉一つ動かさず人の生き死にを決定する陰惨な世界を見聞きし、自身は同性愛に軸足を置いたバイセクシャル、という、押しも押されもせぬ名士でありながら、常にある種の寄る辺なさとともに生きたという複雑なパーソナリティの持ち主です。そのため、作品のシニカルでニヒリスティックな世界観もむべなるかな、という感じなのですが、後半生での作品であるためか、上巻収録作品よりもモームの暖かい側面が感じられるものが多かった気がします。そしてもちろんオチ話のストーリーテラーとしては最高の巧者ですね。
 どの作品も唸らされる上手さなのだけど、以前読んだ『秘密諜報部員』が好きすぎて(いくつか出ているバージョン違いのうち、一番新しい訳である岩波の『アシェンデン』を改めて買ったほどなのですが)、そのアシェンデン外伝「サナトリウム」が特に面白かったです。先日読んだ太宰の『パンドラの匣』にも似た、閉ざされたある種のユートピアでの人間模様という、所謂サナトリウムものですね(まんまですが)。放蕩の限りを尽くした名うてのプレイボーイが、実直な令嬢に恋をする。余命幾ばくもないことを知った彼が取った行動とは?というこれ以上ないほどベタな話なのですが、途中挿入されるエピソードによる緩急のリズムなど名人芸と言わざるを得ない。そして泣かせます・・・収録作はいつものモーム節あり、ストイックでシンプルな話ありとバラエティがありましたが、上記以外では「ジゴロとジゴレット」「ロータス・イーター」が好みでした。
☆☆☆1/2