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神を見た犬(ディーノ・ブッツァーティ)

 読むまでは、咀嚼力を試されるような難解な小説なのかなと構えていたのですが、実際は奇想コレクションに入っていても違和感がないような異色作家テイストの小説でした。もっといえば星新一のようなショート・ショートの趣もあって(これは底本が学生向けのブッツァーティ入門編だったからかも)。ただ個人的には、そういったプロットにツイストの効いたものよりも、やや雰囲気を異にする中篇寄りの作品が好きでした。以下、特に気に入った作品です。
 不信心者だらけの小さな村に、ある日、一匹の犬が迷い込んだ。どうやら山奥の隠修士のところの犬らしい。外聞が一番大事で、信仰の薄さに後ろめたさを感じていた村人たちは犬の視線に過敏になる。いつしか村中は、かつてないほど品行方正になったのだが・・・:『神を見た犬』。閉じたコミュニティと慣習の持つ強制力というテーマから、連想したのはシャーリー・ジャクスンの『くじ』だったのですが、あんな「嫌話」ではなかったのでひと安心。結末の皮肉と詩情が良かったですね。
 泣く子も黙る銃の名手として知られた山賊の首領プラネッタは、些細なミスから投獄され3年の刑期を努めたが、シャバに帰るともはや居場所がないことに気付かされた。そんな彼のところに、事情を知らない山賊志望の若者ピエトロがやって来る。彼の熱心さに引っ込みが付かなくなったプラネッタは、国の金貨を運ぶ最強で鳴らす護送大隊を襲撃すると口走ってしまう:『護送大隊襲撃』。イーライ・ウォラック主演の映画をかつて見た気がするほどありえないデジャヴ。それぐらいマカロニ色が濃厚なんですが、42年の作品なのでイメージを参照している訳ではありません。そう考えると、米西部劇の要素をイタリア独特のサービス精神でもって過剰にした結果のマカロニと思いがちだけど(もちろん成り立ちはそうですけど)、意外と民族性というかラテンの血としてそういうイメージがもともと刷り込まれているのではないかという気がしました。「男の生き様を賭けたゲーム」という観点からはアルドリッチ作品のようでもあり。たった一人で大隊に戦いを挑むシーンは超燃えます。
 ドイツの海軍少佐レグルスは、第二次大戦では一線を退き人事関連のデスクワークに従事していた。ある時彼は、仕事の右腕だったウンターマイヤーを召集されたことを切っ掛けに、極秘作戦に興味を抱く。終戦後、幾つもの機密のベールを潜り抜け、どうやらその作戦は最終兵器たるべく建造された超弩級戦艦に関わるものであったことに辿り着く。ところが戦争後遺症による自殺未遂を起こしたことでようやく再会できたウンターマイヤーが今際の際に残した物語は、想像を絶するものだった:『戦艦《死》』。戦争秘史的な導入から目くるめく幻想の世界に突入するクライマックスが圧倒的で、全然展開が予想できませんでした。ラグナロクかハルマゲドンかというイメージがとても鮮烈です。ジャーナリストとして従軍した経験の賜物でしょうか。
 ところで他の作品もさることながら、波乱万丈だったらしいブッツァーティ自身の伝記が読んでみたいと思いました。なんでも由緒ある家柄で、広大な庭と家で生まれ育ったものの、幼くして父を亡くし、母親に精神的に依存したためか女性にコンプレックスを抱き、なかなか恋愛には恵まれなかった。ようやく結婚したのは60歳の時、34歳下のモデルさんと!という、まるで僕の「イタリア人芸術家」に対する妄想を体現するような人生です。
☆☆☆1/2(上記の作品は☆4つ)