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秘密諜報部員(W・サマセット・モーム)

 第一次世界大戦下のイギリス。劇作家アシェンデンは、取材を名目にどこに旅行しても違和感がない、という立場に注目したR大佐の依頼を受けて、諜報活動に従事することになる。しかしそれは非情な世界であった・・・
 MI6に従事した経歴を活かしたエスピオナージュの古典。実体験だけに派手な事件は起こらないけれど、陰惨な世界にとてもリアリティがあってサスペンスフルなのはさすがモーム。そして「作戦」を通して関わりあう様々なタイプの人物を、作者らしい皮肉で辛辣なタッチで斬っていくのが、いわば一番の「読ませどころ」。なかでも上司であるR大佐が独特のキャラクターでとりわけ面白い。元々潜在的には素晴らしい能力を持っているのだけど、平時にはそれなりの活躍しかできない組織人だったのが、戦争という特殊な状況下でのみ発揮される才能を開花させ、それを見出されて一気に大佐の地位にまで登りつめたという人物。その一種いびつな個性がいろいろな局面で描写されるのが、ちょっと忘れ難い異様な印象を与えます。ただ、主人公は「人間を任務遂行のための損耗可能な駒としか考えていない上に、自らの手を絶対汚したくない」という点でRを折に触れ責めるのだけど、「成功=ある人物の死」という作戦に積極的に関わって平気であるという自身のメンタリティもいささか正常とはいい難い。(そういう異常な世界であるということを読者に察させる、構成上の戦略だと思うけれど。)
 ちょっと脱線。アシェンデンは知識階級なのに「金だけもらってさようなら、という訳にはいかないのはあんたも承知のはずですぜ」みたいなべらんめえ調?に時々なるのですが、昔の翻訳ものではよくありましたよね(ブラック・ジャック先生もその仲間じゃないかな)。最近の新訳ブームのおかげで、こなれた翻訳で読むことができるのも嬉しいのですが、そのせいで過去の硬めの訳業が駆逐されてしまうのも寂しいことだなと思います。
☆☆☆☆☆
※ところでこの作品を知ったのは例によって小学校の頃、『スパイひみつ大作戦』という小学館のハードカバーの大百科でした。007なんかと平気で並列で紹介されていたのだけど、気になっていたことが大人になって繋がってくるのが面白い。さいとうたかをの劇画がやけにアダルティだったよなあ・・・