洋梨形の男(ジョージ・R・R・マーティン)

 久しぶりの『奇想コレクション』はマーティン。先に書いてしまうと、良く言えば「隙のない全きエンターテインメント」、悪く言えば「創作講座のテキストにもってこいの教科書的娯楽作」だったと思います。意表をつく展開からショッカー演出までキチンと決める職人技。その一方で、(矛盾するようだけど)「意表を突く展開」もこう書かれるべきという想定の範疇にきっちり収まっています。これはウェルメイドな作品を志向すれば必然なのであって、本当はその名人芸をこそ堪能すべきなんでしょう。ただ個人的には破綻すれすれでも「突出した何か」が読みたいと思う方なので、一抹の物足りなさを感じたのも事実。この作者の一番の美点は「この世ならざるもの」を現出させる描写にあるような、と書いてて気付いたけれど、例えば『龍と十字架の道』のような幻想系の作品はかなり好きだったので、今回の選集が今ひとつだった理由の一つは現実世界を舞台にしたホラーを中心に編まれていたからかもしれません。
 集中の一番はやはり『成立しないヴァリエーション』。時間SFにしてチェス小説なのですが、作者自身が一流のチェスプレイヤーであり、自伝的要素もあるという切実さ故、読み応えも突出していた気がします。タイトルもいいですね。※内容に触れます:ピーターは大学時代のチェスのチームメイトの招きに応じてある山荘を訪れた。山荘には他のチームメイトも招かれていたが、現在大富豪となった山荘の主であるバニッシュにはある目的があった。それはかつて自分の失策でチームを敗退させたと責められた、まさにその時点の棋譜を再現し、彼らがそれを覆すことができたらチャンスをやろうというものだった。実は召集されたチームの面々が現在陥っている苦境の原因は、バニッシュの発明による精神的タイムマシンによって周到に仕組まれたものだというのだ。密室の山荘で退路を断たれたメンバーは、その申し出に応じるのだが・・・
 そういえば映画化もされたイーサン・ケイニンの『宮殿泥棒』が似たような趣向でしたね。さておき、本当にタイムマシンを発明したのなら、人の邪魔をするより先に肝心の試合を勝利するようにすればいいのに・・・といってしまったら物語にならないのだけど、それだけバニッシュが歪んだ心の持ち主であることを強調しているのかも。その一方で、メンバーのバニッシュに対するそれ以外の仕打ちも結構ひどくて、小説上は割りとスルーされているけれど、傷つけた側はなかなか傷つけられた心の傷を思いやれないものだということは理解しておいた方がいいと思う(なんか一昔前の「中学生日記」みたいな感想ですが)。ともあれ、チェスのルールはまるで知らないけれど、展開を読みあう描写が実にスリリングでした。分からない人間が読んでもこれだけ盛り上がる手腕は凄い。ああ、でも最後にまた苦言、結末は個人的な好みからすると美しく決めに行きすぎだった。というか上手いこといわんでええねん、と思いました。まあ、それがエンターテインメント系作家の生理なんだろうなあ・・・
☆☆☆1/2