アイガー・サンクション(トレヴェニアン)

 ウィリアム・ゴールドマンの邦訳は殆ど入手したはずなので、あとは『マジック』が安くで出てればなあとネットを検索してたら、ある掲示板で「(寡作で知られる)トレヴェニアン好きならゴールドマンの作品も気に入るのでは?」という一文を発見。それでは逆も真なりか、と読んでみた次第なのですが。
 著名な登山家にして大学教授のジョナサン・ヘムロックには裏の副業があった。それは諜報機関CIIの報復暗殺要員、つまりパートタイムの「殺し屋」である。ウェットワークに消耗した彼は、次の仕事を最後に足を洗おうと決意するが、強引な手段で更にもう一件請け負わされる。それは登山家でなければこなせない上に、決着を付けねばならない過去の因縁がらみの仕事。アイガー北壁登攀チームの誰かを「消す」というものだった。果たしてターゲットは誰なのか?、そして彼は無事帰還することができるのか・・・
 確かに「マンガみたいにエクストリームな設定」と「殺伐としたひねくれたユーモア」には通じるところがありますね。どころか、前半だけなら同じ作者といわれても気付かないほど良く似ている。ただ決定的に違う点は、最終的にはぎりぎり勧善懲悪に着地するところ。サディスティックなほど登場人物に酷な作家であるゴールドマンとはそこが違います。
 ところで読んだ方にお尋ねしたいのですが、主人公の行動原理に戸惑われなかったでしょうか?桃園の契りを交わした3人のつもりだったヘムロックでしたが、フランス諜報員の友人をCIIの身内であるマイルズが暗殺してしまいます(これが因縁)。それは彼が2重スパイだったからなのですが、友情を踏みにじったマイルズを許せず、ついには・・・これって間諜の世界に生きている人間の職業倫理には反しているのでは?ということがどうにも気になって(マイルズが実は凄い下衆野郎だったというエクスキューズはあるものの)。まあ結末まで読むと平仄は合っていて、だからゴールドマンの嫌がらせみたいな後味の悪さもなく、気持ちよく巻を終える感じではあるのですが。
 さて、一番の読ませどころはアイガー北壁のアタック。微に入り細を穿つ登攀描写がディテールマニアには堪らない感じ。例えば『極大射程』で、銃器の組み立て、肉体のコンディション調整、照準、狙撃という一連のシーンに有無を言わせぬ説得力があったように、なんというか描写そのものに凄くシズル感があるんですね。読んでいるだけでドーパミンが噴出するのが自分で分かるような。このパートは準備段階の話も含めて相当面白かった。 
 なんて書いてたら『北壁の死闘』を読まずして山岳アクションを語るなかれ、それなら新田次郎も、みたいなことを言われそうなので、そちらも読んでみたいと思います。
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